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1月19日の江戸薩摩藩邸 150年前の話

1月19日付日経新聞春秋欄につぎのように載っていました。(一部抄)
「幕府側が藩邸を焼き払ったのは、旧暦慶応3年12月25日。新暦では150年前のきょうの出来事だ。薩摩藩が幕政の不満を募らす浪士を集め、江戸市中で略奪や放火などのゲリラ活動を指図した黒幕とみて、庄内藩などに武力の行使を命じた。通説によると、幕府側を挑発し朝敵として討つための西郷隆盛の計略だった。これが、鳥羽伏見の戦い、戊辰戦争の導火線となる。」
庄内藩は、当時北海道浜増毛で北方警備も担当して派遣していて人数的にも苦しいところでした。はじめ、江戸取締まりの役を一旦辞退しましたが譜代として恩顧に報いるため引き受けることになりました。引き受けたからにはしっかりと江戸の街を保安し、当時江戸の庄内藩は家老松平権十郎が取締りの実務を差配、「庄内の権十郎、江戸の団十郎」と謳われました。今年は、戊辰戦争から150年、NHK大河ドラマ「西郷どん」など江戸から明治のあの時代に注目される年、歴史に学ぶところ多としたく思います。

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# by ChidoMuseum | 2018-01-19 11:20 | あれこれメディア情報 | Comments(0)

1月19日の薩摩邸 150年前の話

1月19日付日経新聞春秋欄につぎのように載っていました。(一部抄)
「幕府側が藩邸を焼き払ったのは、旧暦慶応3年12月25日。新暦では150年前のきょうの出来事だ。薩摩藩が幕政の不満を募らす浪士を集め、江戸市中で略奪や放火などのゲリラ活動を指図した黒幕とみて、庄内藩などに武力の行使を命じた。通説によると、幕府側を挑発し朝敵として討つための西郷隆盛の計略だった。これが、鳥羽伏見の戦い、戊辰戦争の導火線となる。」
今年は、戊辰戦争から150年、NHK大河ドラマ「西郷どん」など江戸から明治のあの時代に注目される年、歴史に学ぶところ多としたい。

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# by ChidoMuseum | 2018-01-19 11:20 | Comments(0)

笑いの絵画 1月19日~2月20日 運試し ちはくじ(致道博物館のくじ))

1月19日~2月20日 運試し ちはくじ(致道博物館のくじ)笑う門には福来たる!本年の福を祈願し「笑い」をテーマにした展覧会を開催します。日本の絵画には古くから様々な笑い、ユーモア、可笑しみを感じさせる戯画や漫画などあります。楽しい笑いは生活を明るくし潤いを与え、幸せな気持ち、穏やかな気分にしてくれます。本展では、江戸、明治、大正、昭和ー各時代のさまざまな笑いのかたちを紹介いたします。1年の始まりは笑いから、会場で大いに笑っていただきたく、ご来館をお待ち申しております。
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上記は、第14代酒井忠宝(ただみち)の戯画
下記は、第13代酒井忠篤の書と第14代酒井忠宝の戯画
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# by ChidoMuseum | 2018-01-19 10:40 | 博物館のとっておき | Comments(0)

第38回鶴岡書道会会員展のご案内

第38回鶴岡書道会会員展を1月5日~1月16日まで開催中です。
鶴岡書道会の創立は古く、前身は昭和2年(1927)黒崎研堂門下の逸材である松平穆堂が中心となり、大瀧徳蔵、佐藤孝太、伴兼一の4人で結成した書道同好会です。週1回はの練習をしております、それが次第に人数が増えて、昭和8年(1933)鶴岡書道会が創立されました。また昭和42年(1967)には、鶴城書会(初めは嚶鳴書会)と一緒になっています。
鶴岡書道会は一貫して人道に通じる書道の考えのもと、芸術としての書の研鑽とひとつのことに精神を集中する心を養い、人として清純で真直ぐな強い心を育てる機会になるようにと願いながら活動を続けてきました。現在、設立以来長い間開催している夏期書道練習会、11月の荘内書道展、2月の新春書初め展、それにこの会員展を開催しています。特に当会は子供たちのための書道教育として、流派の垣根を越えて活動を行っていることに特徴があります。平成29年度鶴岡市芸術祭大賞を受賞されました。
東京都江戸川区書道連盟の大貫顧問、鈴木春朝理事長、島崎百華副理事長寺岡棠舟常任理事、石田壽扇常任理事の皆様より賛助出品をしていただいております。ぜひご高覧ください。
江戸川区との交流は、昭和19年、第二次世界大戦の東京では、学童の集団疎開が始まり、江戸川区の集団疎開学童のほとんどが、鶴岡市に滞在しました。終戦とともに東京に戻った学童は、やがて成人するうちに鶴岡の土地と人々を懐かしく思い出され、新潟地震の際の救援や内川への鯉や金魚の放流など、友情が続いてきました。さらに市民全体に友情の輪を拡げ、平和の尊さを語り継ごうと友好都市の盟約を結び、各分野で交流を深めています。<昭和56年5月25日 旧鶴岡市 友好都市盟約>
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紫流・佐藤政一「事に感ず」
花開蝶満枝 花謝蝶環稀 惟有𦾔巣蕪 主人貧亦帰

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# by ChidoMuseum | 2018-01-05 12:17 | 展覧会 | Comments(0)

南洲翁遺訓序文について

来年、大河ドラマ「西郷どん」、戊辰戦争から150年とあって、西郷翁が注目を集めております。
酒井忠篤と旧庄内藩士が直接西郷翁から教えを聞き、編纂した南洲翁遺訓に、副島種臣の序文が掲げられております。

南洲翁遺訓の序文について「庄内賢士大夫某々」のところ、「士」でないのではと質問がありました。

副島原文の「士」が、当用漢字にある士とは違い、そう読めないかもしれませんが、周弼の書体(中国古典書体その他いろいろ)で士と書かれております。
あらゆる書体を駆使される、さすが書聖副島先生ですね。


南洲翁遺訓一巻、区々(くく)たる小冊子と雖(いえど)も

今の時に当り、故大将の威容(いよう)の𠑊(げん)と、

声音(せいいん)の洪(こう)とを

観(み)るに足(た)る有るもの、

独(ひと)り此篇(このへん)の存するに頼(よ)る。

噫(ああ)、西郷兄(けい)、何を以て蚤(はや)く死せるか。

茲書(このしょ)を著(あらわ)す者は誰ぞ、

庄内賢士大夫某々(しょうないけんしたいふぼうぼう)。

明治二十三年一月  副島種臣(そえじまたねおみ)

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この南洲翁が賊名が解かれ、東京・上野に銅像がたちますが、その銅像の発起人の一人として酒井忠篤が名をつらね、その建立費用全額の6分の1は荘内地域344名から寄付でした。しかし、形ばかりの顕彰では満足できず、西郷翁の思いを伝えようと南洲翁遺訓を編み、それを地元地域だけではなく、二人一組となって全国行脚、配布します。その誰に渡したか、メモ帳も下記写真のとおり残っております。

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銅像建立の協力といい、西郷翁肖像画の件といい、南洲翁遺訓の編集と配布といい、荘内先人たちの西郷翁敬慕は半端でなく、とことん徹底しております。


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# by ChidoMuseum | 2017-12-20 18:02 | あれこれメディア情報 | Comments(2)