致道ブログ

chido1950.exblog.jp
ブログトップ

アーティストトーク 開催

 8月11日午後2時から展覧会会場でアーティストトーク 開催しました。光彩とモノクロームの対話展、初のコラボ展覧会となりました。陶芸家クリスチャンヌ・ペロション氏、陶芸活動を支えておられるご主人キャスパー氏、釉薬を担当している次女ポーリーヌ氏、そしてパリ在住の写真家山本豊氏、コーデネイターは学芸の菅原義勝でアーティストトークがすすめられました。クリスチャンヌはスイス・ジュネーブのご出身、イタリア、トスカーナの丘の上にあった教会だったところに工房を設け、フォルムや色など独自の世界を確立されました。山本氏はモノクロームにこだわり個性的な構図の写真で活躍、モノクロームの印画紙の貴重な存在、現像もご自分でおこなうそうです。
f0168873_01241502.jpg
左から菅原、ポーリーヌ、山本、クリスチャンヌ、キャスパーの各氏
f0168873_01244895.jpg
f0168873_01250859.jpg

[PR]
# by ChidoMuseum | 2017-08-11 18:10 | 博物館のとっておき | Comments(0)

陶芸家クリスチャンヌ・ペロション&写真家山本豊 展はじまる。

~光彩とモノクロームの対話~
8月10日より9月5日まで陶芸家クリスチャンヌ・ペロション&写真家山本豊展がはじまりました。
ペロションさんは、スイス・ジュネーブ生まれ、アートスクールで陶芸を学んだ後、学校で教えながら作陶を続け、30才を目前にアトリエと窯をひらく。37才の時、ご主人とトスカーナ地方に移住、小さな丘に廃墟となっていた教会と司祭館つきの土地を得て、作陶に勤しんでいる。トスカーナ、澄んだ空と大自然に囲まれ季節・天候・時間によって刻々と表情を変える光の世界、これらが重なり会うことで生まれるインスピレーションがペロションさんの創作活動の源となっています。柔らかく繊細な美しさを放つ陶磁器の数々をご紹介します。
f0168873_16000726.jpg
山本 豊さんは、鶴岡市生まれ、桑沢デザイン研究所卒、グラフィックデザイナー柴田成俊氏に師事、25才で独立。多くの有名雑誌のアートデレクターをつとめ、35才で渡仏、以後フリーのカメラマンとしてパリを拠点に、東京・パリ・ニューヨークなどで作品発表し活躍しています。日常と非日常の狭間を切り取るような作品の数々をご鑑賞ください。
f0168873_16003812.jpg


[PR]
# by ChidoMuseum | 2017-08-10 15:52 | 博物館のとっておき | Comments(0)

鶴岡市 歴街

 当館御隠殿の建造物が鶴岡市の歴街の構成する建物のなか一つとして認定されていますが、その標識ができました。
f0168873_00310041.jpg
「地域固有の歴史・伝統を反映した人々の活動と、その活動が行われる歴史上価値の高い建造物及びその周辺の市街地とが一体となって形成してきた良好な市街地環境」と定義されています。鶴岡市の歴史的風致旧荘内藩主酒井氏と荘内大祭にみる歴史的風致藩校致道館の教学精神にみる歴史的風致出羽三山神社と祭礼にみる歴史的風致門前町手向地区と出羽三山参りにみる歴史的風致松ヶ岡開墾場と地縁団体の活動にみる歴史的風致鶴岡天満宮と天神祭りにみる歴史的風致七日町観音堂と師走の御歳夜にみる歴史的風致鶴岡の絹産業と絹関連工場にみる歴史的風致
[PR]
# by ChidoMuseum | 2017-08-10 15:27 | Comments(0)

西郷さん

 鹿児島市と鶴岡市は西郷さんのご縁によって昭和44年11月兄弟都市盟約を結び、以来小学校、中学校、社会人と様々にそれぞれ交流を深めております。
 中学校では、今年は鹿児島の中学生一行34名(鹿児島市全中学、1校代表一人)が鶴岡来訪、来年は鶴岡の中学生が鹿児島を訪れるというように交互に訪問しております。
7月25日鹿児島市中学生親善使節団が来鶴、当館はじめ、ゆかりの地を訪ね、鶴岡の中学生とも親善を深めました。26日は、当館を見学、夕方双方の中学生が集い、鹿児島市中学生親善使節団歓迎夕食会が行われ、鶴岡第一中学校の合唱、クイズなどで交流を深めました。
鹿児島市中学生親善使節団団長の鹿児島玉龍中高一貫教育校長下田浩道様からご丁重なお礼状をいただきました。
「先日7月25日からの鶴岡市訪問の際は、皆様の実に細やかなご配慮を賜り、ありがとうございました。
おかげさまで、1件の事故、怪我もなく、生徒引率者共々、充実した得がたい学びの4日間を経験することができました。
鶴岡では「西郷さん」が今でも生きているかのようにその教えが語られ、繋がれており、感動すると同時に感謝の念で一杯となりました。
そして鶴岡は、広くて古くて新しい町、歴史と文化、藤沢周平、先端科学研究等々、様々に豊かさと魅力を感じさせる町でした。
帰鹿以来、いつ再訪しようかと考えを廻らせております。
末筆ながら皆様のご厚情に深く感謝し、御礼のご挨拶といたします。」


[PR]
# by ChidoMuseum | 2017-08-10 15:23 | 友の会 | Comments(0)

庄内藩士の蝦夷地つり日誌ー関 秀志

f0168873_01130158.jpg

 2010年「北海道のつり」創刊40周年企画 北海道のレジャーの釣りここに始まる 荘内藩士の蝦夷地つり日誌というテーマで北海道史研究家 関 秀志さんが数回書かれた連載を紹介します。
 今、私の手元に荘内藩の武士 白井久兵衞が1863年(文久3)から翌年にかけて、ほぼ1年間、西蝦夷地のハママシケ(現石狩市浜益区)滞在中に書き残した日記がある。標題は「北役紀行」、原本は鶴岡市郷土資料館寄託白井家史料で、10数年前同館秋保良氏のご協力により閲覧コピーさせていただいたものである。鶴岡市はいうまでもなく旧荘内藩の城下町である。この日記には幕末の開拓地の実態が詳しく書かれており、歴史資料としての価値が高いが、釣りや魚料理の好きな私が特に驚いたのは釣りを始めとする魚介類の漁や料理に関する記事が多いことである。例えばハママシケに到着した翌日にあたる7月10日(本稿では現行の新暦に換算した月日を用いる)には、山鮠(ヤマメ)釣りとツブ貝採りの記事が出始め、7月に5件、8月に6件、9月14件、10月2件、11月9件、12月3件、翌年3月1件、4月5件、5月6件、6月8件など合計59件に達する。このほかにも地元の運上屋から届けられたり、購入したりした魚介類、ニシン漁などに関する記事が約40件もある。職業柄、幕末から明治期の開拓地に関する記録を目にすることは少なくないが、これほど頻雑に釣りや魚介類の記事が出てくるのは他に類がない。おそらく、ここに見られる釣りは、本格的な趣味、レジャーの釣りとしては、北海道初めてのものと思われる。
以下この日記の釣りや魚介類に関する記事と共に、他藩とは違った当時の荘内藩の釣りをめぐる事情を紹介したい。
幕末の蝦夷地に東北地方の諸藩の領地があったことはあまり知られていない。(中略)1854年(安政元)ロシアの南下に対応して、翌年蝦夷地を幕府の直轄地とし、東北の諸藩にも警備を命じ、開拓に力を注ぐことになった。さらに1859年(安政6)には蝦夷地を分割して諸藩の領地とし、荘内藩は西蝦夷地のの一部、即ちハママシケ場所(明治2年浜益郡)、ルルモッペ場所(留萌郡)、トママイ場所(苫前郡)、テシホ場所(天塩郡)を与えられた。こうして荘内藩は翌1860年(万延元)幕府から領地を引き継ぎ、ハママシケの黄金川(現浜益川)に大規模な元陣屋、留萌、苫前・天塩にそれぞれ脇陣屋をおいて、多数の藩士・足軽・農民・職人たちを派遣し、警備と開拓に力を注いだのである。(概略)


[PR]
# by ChidoMuseum | 2017-07-11 19:30 | あれこれメディア情報 | Comments(0)