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「28代木村庄之助の行事人生」

 鶴岡が生んだ平成の名行事といわれた第28代木村庄之助の後藤悟さんが2010年4月1日に81歳3ヶ月の生涯を終えられてはや1年以上がすぎました。4月3日付朝日新聞は、「相撲の故実や歴史について研究熱心で、土俵上の所作も美しく平成の名行事」と訃報を伝えました。同郷同期の好角家尾形昌夫さんが「28代木村庄之助の行事人生」としてまとめられ荘内日報社から刊行されましたことは、第28代木村庄之助を顕彰するうえでも、また伝統の大相撲にかける思いや歴史をうかがいしるということで大変意義深い出版だと思います。
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木村庄之助の歩みを簡単にふりかえると
1935年鶴岡第5小学校入学、小学生のとき、各地の相撲大会で豆行事として活躍評判となる。
1938年小学4年江東尋常小学校に転校し、20代木村庄之助に入門、養子となり、行事名は木村松尾。その5月場所初土俵初行事、同期(同年ではない)の力士は43代横綱吉葉山。
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上の「行事人生」裏表紙写真は、「アサヒグラフ」昭和14年2月1日号表紙で「春場所 大相撲の可愛い豆行事」と題して掲載されたもの、右が木村松尾(のちの28代木村庄之助)
1939年前相撲から本中に出世、
1940年第20代庄之助逝去のため式守伊之助の預かり弟子となる。
1941年序の口格、
1942年序二段格、
1944年三段目格、
1946年相撲くじの進行係、
1947年場内放送係、
1949年式守松男から木村林之助に改名、呼び出し太郎の打つ櫓太鼓の解説役、太郎定年退職まで約10年間続ける。
1950年幕下格。
1954年十両格。
1958年行事部屋独立。
1961年柏戸・大鵬横綱昇進、幕内格昇格。1962年木村林之助から式守錦太夫に改名。
1973年行事部屋解散、相撲部屋所属となる。式守錦太夫は出羽の海部屋所属。
1984年式守伊之助(第25代)に昇格、立行事となる。
1990年11月第28代木村庄之助を襲名。
1993年12月定年退職。
2010年4月1日逝去
 いろいろな出来事があった行事人生、是非お読み下さいませ。当館でも取り扱っております。定価は千円(税込み・本体952円)です。 
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by ChidoMuseum | 2011-09-10 21:01 | 致道ミュージアムショップ | Comments(0)