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莊照居成祭の催行

 天保お国替えの幕命(荘内酒井→長岡、長岡牧野→川越、川越松平→荘内)に当たって「百姓といえども2君につかえず」などと荘内藩民はお国替え反対を訴えて、駕籠訴など大勢の人たちが命がけで行動しました。
 江戸町奉行矢部駿河守定謙は、国替反対を主張する佐藤藤佐翁の白州での取り調べにおいて弁舌さわやかに三方お国替えの非をとうとうと話し、その訴えの誠実さに感激、その口述書をとり、閣議の席で朗読、藤佐翁取り調べを停止しました。その間老中堀田備中守正睦(佐倉藩主)が転封の利害を審査、天保12年7月12日「上の思召」がでて元からの領地と確認がでて、転封阻止されました。
 その後、矢部の同役鳥居耀蔵により矢部が讒訴されました。矢部駿河守は伊勢桑名藩松平家に幽閉、無罪を主張して閉居中断食して54歳で没しました。
 天保14年矢部駿河守の死を悼み感謝をこめて、水心子秀世に2振の刀剣をつくらせ、1振りは矢部駿河守のご神体として、もう1振りは転封阻止運動ご祈祷お礼に大物忌神社に奉納、弘化2年矢部駿河守無実判明、弘化3年鳥海山大物忌神社蕨ケ岡口ノ宮境内に莊照居成神社を創建しました。
 10月2日午前10時、鳥海山大物忌神社蕨ケ岡口ノ宮において矢部駿河守ご遺族今関達巳さま(東京)はじめ関係者地元など大勢のみなさまが参列し矢部駿河守を偲び莊照居成祭の催行されました。
 
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by ChidoMuseum | 2011-10-02 23:04 | あれこれメディア情報 | Comments(0)