致道ブログ

chido1950.exblog.jp
ブログトップ

致道館の日孔子祭催行

 9月29日旧藩校致道館において午後12時30分から孔子祭は致道館文化振興会議細井会長が祭酒となって祝文奉読、来賓拝はじめ参加者拝、来賓全国寛文教育学会菊地隆雄常務理事の祝辞、素読、講経犬塚致道博物館理事、
f0168873_0284961.jpg

その後引き続き藩校サミットで宣言した致道館の日の式典がおこなわれ、式辞細井会長、祝辞鶴岡市長(代理教育長)、致道博物館館長のあと、「致道館の日によせて」と題して富塚陽一前鶴岡市長が講話をされました。その後場所を荘内神社参集殿にうつし、第4回児童生徒論語作文発表会がおこなわれました。
f0168873_0275884.jpg

朝暘第1小池田しゅう音さん、朝暘第3小植木志実さん、朝暘第6小庄司雪乃さん、朝暘第3小菅原叶野さん、朝暘第3小田中文さんが元気よく論語作文の発表をおこないました。
 そして全国寛文教育学会菊地隆雄常務理事から「日本と中国の漢文教育」と題して講演がおこなわれました。中国も古典教材を重視しはじめており、漢詩はじめ多くの古典を多くおぼえさせようとしているとして、中国の教科書の実例をあげてお話されました。日本では長い間漢文が学習の中心に位置してきたが、明治以後は、洋学全盛となり急速に漢文の読解力は低下してきました。漢文を読むときは訓読で読み、それは日本語の骨格となる文語文の形成という役割がありました。漢文訓読の学習が衰退することは日本語の名文が消滅するだけでなく、一般の文章がやせ細り貧弱なものになっていくことを意味します。幸田露伴「犬の賛」、吉田満「戦艦大和ノ最後」、石川淳「丸谷才一著食通知ったかぶり序」を例にあげながら、漢文教育を真剣に考えてみる必要がありますとお話されました。
f0168873_0292012.jpg

犬の賛         幸田露伴
禽獣蟲魚、愛すべきものが多きが中に、わけて人の心を惹(ひ)くものは犬なり。生まれ出でたる時の、眼は葛餅(くずもち)の如く、聲(こえ)は篠笛(しのぶえ)の如き頃より、はや其の姿は畫となり、其の態(ようす)は詩となるに堪えて、老いさらぼえたる暁の、すさまじき高僧の如く、悟りたる哲人の如くなる日は、如何なる念(おもい)を懐(いだ)き、如何なる情(こころ)を有りてるやと尊し。母(おや)となりての優しさは、狗(いぬ)かわゆがりという諺さへあるほどにて、兒(こ)を思う誠の深きは人はづかしきまでなり。仕えての忠実(まめまめ)しさは、3日畜(やしな)わるれば恩を忘れずと云い囃(はや)されて、主になつく義の篤(あつ)きは百獣及ぶこと無し。夜を守るの能、猟(かり)に従うの材、世にこれほどのもの復(また)有りともおぼえず。されば爾の一族のために傳を立てて志を撰まむには、長編巨冊もたちどころに成りて、人間の歴史もおそらくは顔色無からむ。(以下略)

なるほど、漢文訓読口調で、犬の賛 これだけ書かれる方はいないでしょうね。
[PR]
by ChidoMuseum | 2012-09-29 20:07 | あれこれメディア情報 | Comments(0)