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追悼 洋画家三井永一先生

 5月24日から6月26日まで「三井永一の軌跡」と題して展覧会を開催しています。鶴岡出身、また故酒井忠一顧問と同期の友人であったため、作品を当館に寄贈され、それを記念して展覧会を企画しました。残念ながらおいでになれませんでしたが、三井先生はそうなったことを大変慶んでおられました。
ところが、6月1日三井永一先生が急逝、ひっそりと密葬でと遺言されていたようでした。会期途中、数日後知り、大変驚きました。いずれ鶴岡のお寺のお墓に埋葬されるとうかがい、そのときにお参りすることにしました。
先生自身の文に「美術の地主悌助先生(当時鶴岡中学・通称フグ)が、上野の美校(芸大)を受けてみては、という。美校を受けるにはデッサンをきっちりやらなければと春陽会洋画研究所にはいる。そこには名だたる大先輩がいた。初めての入選者懇談会でそれぞれ自己紹介するとき、中川一政が立ち「私は木村荘八であります」その隣の木村荘八は「私が中川一政であります」と言って席についた。その次の石井鶴三は「私はもともとから石井鶴三であります。」と言った。小杉放庵はゆっくり立ち上がって「私は名前を忘れてきました」。
若い私は春陽会の大先輩達の親昵を目の前にして身体が震えたつような思いをした。」と先生が体験したその当時の芸術家達の情景を書いておられます。
6月20日付山形新聞に文化欄「時代小説彩る挿絵ー三井永一を悼む」と題して、山形市在住の高橋義夫先生が一文を寄せられました。高橋由一を主要な登場人物にした小説「明治耽奇会」高橋義夫著の挿絵は三井永一先生が画かれ、その時のエピソードや最後にその挿絵原画13点を作者に贈ったことは別れの挨拶だったのだろう、そういう幕の引き方は三井さんらしく、おしゃれだったと述べられています。
三井先生のご冥福をお祈り申し上げます。
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by ChidoMuseum | 2013-06-21 18:41 | 博物館のとっておき | Comments(0)