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九州の原一洋さまからのお手紙

 九州の原さまから達筆なお手紙をいただきました。そして「初めて知る秘話です。名将言行録同封いたします。」と名将言行録に付箋してお送りいただきましたのでご紹介します。ありがとうございました。

 徳川秀忠、初めて秀吉へ謁見の時、松平長丸と披露す。
 秀吉、長丸は家康公の御子に不似合とて、武蔵守に為し、名乗りは秀の字を進ぜらる。
 今一字は家の字なりとも、康の字なりとも然るべくとありしかば、家康、其忝を謝し、さらば長丸は、酒井左衛門尉子分に致置候間、忠次の一字を取て、秀忠とは如何之あるべくやと言われければ、秀吉、大に喜び、左衛門尉義は隠れなき者なり、武勇にあやからるる為に、一段然るべしと言われしとぞ。
 忠次、知勇絶倫、家康に仕えて開国の元老たり。清康の妹に配し、親昵(しんしゅう・日ヘンではなく口ヘン)尤も渥(あつ)かりし、且つ軍国の事は悉く忠次に任せられけり。(名将言行録巻の四十九の中の一部抄録)

『名将言行録』(めいしょうげんこうろく)は、戦国時代の武将から江戸時代中期の大名までの192名の言動を浮き彫りにした人物列伝で、幕末の館林藩士・岡谷繁実が1854年(安政元年)から1869年(明治2年)までの15年の歳月をかけて完成させた。全70巻と補遺からなり、主に武田信玄、上杉謙信、織田信長、明智光秀、豊臣秀吉、伊達政宗、徳川家康などの天下を競った戦国大名から、森長可といった安土桃山時代の戦国武将、江戸時代の譜代大名で老中を務めた戸田忠昌、赤穂浪士の討ち入りを指揮した大石良雄など、多くの時代の人物について、その人物の言行、逸話を記録している。(ウィキペデアより)
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写真上:現在のDCキャンペーン特別展「国宝太刀信房作と国宝太刀真光」展で展示中の「徳川16将図 狩野秀信筆」、忠次(徳川四天王)は中央家康公の下、左最上方に描かれている。
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by ChidoMuseum | 2014-06-25 10:09 | あれこれメディア情報 | Comments(0)