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第12回藩校サミット イン 行田

 行田といえば、足袋の産地、古代蓮のみられる所、忍(おし)城-映画「のぼうの城」でよく知られています。
天下統一目前の豊臣秀吉は唯一残された敵北条勢を圧倒的軍勢で攻めようとしていました。そんな中忍城では、「北条にも豊臣にもつかず、皆で今までと同じようにくらせないかな」と呑気なことを言って皆を唖然とさせる、その不思議な人柄から領民たちから「のぼう様」(でくのぼうの意)とよばれる成田長親が治めていました。秀吉臣下の石田三成が戦国時代末期天正18年、2万の兵で忍城に迫り、やむなく降伏を覚悟した忍軍、多勢に無勢となめきった三成軍の態度に、長親は「戦いまする」と思いもよらない言葉を発し、誰の目にも絶対不利な500対2万の戦いがはじまりました。三成軍は約28キロにわたる堤を築き、利根川と荒川の水を引き入れる水攻めを決行、文明11年築城とされる忍城は、この猛攻にも沈まず、北条方に組した忍城は、北条方で唯一最後まで粘り残った城となりました。水に浮かぶその姿から「忍の浮城」と呼ばれるようになりました。後に徳川家康の孫を家祖とする奥平松平氏が桑名から忍藩に転封になり、明治4年の廃藩置県まで5代にわたり忍藩を治めました。
 7月5日第12回藩校サミットが旧忍藩16代当主松平忠昌実行委員長のもと、49藩藩校関係者が集い、埼玉県行田市、行田市産業文化会館でおこなわれました。第一部は研修会「国語教育の柱ー漢字、古典、短文つくり」と題して大阪大学加地伸行名誉教授が講演、第2部が大会式典、松平実行委員長、上田清司埼玉県知事、工藤正司行田市長、漢字文化振興会石川忠久会長のご挨拶、各藩旧藩主藩校代表者が壇上で紹介、代表して徳川ご宗家徳川恒孝さまがご挨拶されました。
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記念講演「江戸後期の忍藩と明治への移行」と題して、修猷館卒の講談師神田紅さんがユーモアをまじえながらの講談、
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地元の子供たち約100名が漢詩と論語を迫真の暗誦素読、閉会行事として次期開催地福岡市修猷館同窓会に引き渡しのセレモニーが行われて盛会裡に終了しました。忍藩子ども塾・市立埼玉小合同素読は、木鐸で始業合図があり、「春暁」孟浩然「春望」杜甫など漢詩9偏、論語抄など暗誦素読は、圧巻でした。
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by ChidoMuseum | 2014-07-06 17:06 | あれこれメディア情報 | Comments(0)