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荘照居成祭催行、矢部家、桑名から参加


10月2日午前10時からその莊照居成祭が催行されました。
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三方お国替えの時に英断をくだした江戸町南町奉行矢部駿河守を祀り、荘内を照らすという意で命名されました。神事そして遠路かけつけていただいた矢部駿河守末裔の今関達巳さんのご挨拶また桑名歴史の案内人6名が参列されました。
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国歌「君が代」にうたわれた「さざれ石」昭和36年岐阜県春日町で発見され後に岐阜県の天然記念物に指定された石を荘照居成のある鳥海山大物忌神社に矢部駿河守定謙終焉の地より奉納された桑名の案内人加藤勝巳初代会長のご長男加藤陽一さんも参加されました。

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そして琵琶語り「天保義民と江戸町奉行」(山崎誠助作)を池田青水氏が奏し当時を偲びました。

三方領地替えの撤回という大きな英断をした矢部駿河守は、天保12年町奉行を罷免、伊勢桑名藩松平家に幽閉「御預け」となったが、閉居中断食して逝去と伝えていたが、桑名の預り関係史料(矢部駿河守桑名藩へ護送の図天保13年:桑名市史料)では病死とされています。
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矢部は桑名では罪人を預かったという認識でしたが、荘内では神様、そのご縁と違いに交流がはじまりました。この三方国替えの後、荘内藩は千葉印旛沼の厳しい工事を幕命をうけ着手、荘内は自領から大勢の人を派遣、結局酷悪な環境にその工事は中止、その工事が成るのは昭和にはいってからでした。その時荘内の得た技術は後に庄内の日向川の開削におおいに役にたったということでした。
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by ChidoMuseum | 2014-10-03 18:01 | あれこれメディア情報 | Comments(0)