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庄内藩士の蝦夷地つり日誌ー関 秀志

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 2010年「北海道のつり」創刊40周年企画 北海道のレジャーの釣りここに始まる 荘内藩士の蝦夷地つり日誌というテーマで北海道史研究家 関 秀志さんが数回書かれた連載を紹介します。
 今、私の手元に荘内藩の武士 白井久兵衞が1863年(文久3)から翌年にかけて、ほぼ1年間、西蝦夷地のハママシケ(現石狩市浜益区)滞在中に書き残した日記がある。標題は「北役紀行」、原本は鶴岡市郷土資料館寄託白井家史料で、10数年前同館秋保良氏のご協力により閲覧コピーさせていただいたものである。鶴岡市はいうまでもなく旧荘内藩の城下町である。この日記には幕末の開拓地の実態が詳しく書かれており、歴史資料としての価値が高いが、釣りや魚料理の好きな私が特に驚いたのは釣りを始めとする魚介類の漁や料理に関する記事が多いことである。例えばハママシケに到着した翌日にあたる7月10日(本稿では現行の新暦に換算した月日を用いる)には、山鮠(ヤマメ)釣りとツブ貝採りの記事が出始め、7月に5件、8月に6件、9月14件、10月2件、11月9件、12月3件、翌年3月1件、4月5件、5月6件、6月8件など合計59件に達する。このほかにも地元の運上屋から届けられたり、購入したりした魚介類、ニシン漁などに関する記事が約40件もある。職業柄、幕末から明治期の開拓地に関する記録を目にすることは少なくないが、これほど頻雑に釣りや魚介類の記事が出てくるのは他に類がない。おそらく、ここに見られる釣りは、本格的な趣味、レジャーの釣りとしては、北海道初めてのものと思われる。
以下この日記の釣りや魚介類に関する記事と共に、他藩とは違った当時の荘内藩の釣りをめぐる事情を紹介したい。
幕末の蝦夷地に東北地方の諸藩の領地があったことはあまり知られていない。(中略)1854年(安政元)ロシアの南下に対応して、翌年蝦夷地を幕府の直轄地とし、東北の諸藩にも警備を命じ、開拓に力を注ぐことになった。さらに1859年(安政6)には蝦夷地を分割して諸藩の領地とし、荘内藩は西蝦夷地のの一部、即ちハママシケ場所(明治2年浜益郡)、ルルモッペ場所(留萌郡)、トママイ場所(苫前郡)、テシホ場所(天塩郡)を与えられた。こうして荘内藩は翌1860年(万延元)幕府から領地を引き継ぎ、ハママシケの黄金川(現浜益川)に大規模な元陣屋、留萌、苫前・天塩にそれぞれ脇陣屋をおいて、多数の藩士・足軽・農民・職人たちを派遣し、警備と開拓に力を注いだのである。(概略)


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by ChidoMuseum | 2017-07-11 19:30 | あれこれメディア情報 | Comments(0)