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2017年 04月 09日 ( 1 )

庄内の鶴岡ー三井永一

一頁随筆 私のふるさと  庄内の鶴岡                三井永一
 ひいき目でいうわけでないが、私の生まれた鶴岡は何から何までそろっているのが自慢だ。
まず目のほうからいくか。庄内というところ、いたずらに風光明媚とか奇観珍妙は唱えない。
北に鳥海山を望みながら西に日本海の庄内浜、東に出羽三山を控えれば南は朝日連峰につづき、中に4つの温泉郷が点在しているのがいわゆる庄内平野である。豊かな自然と素朴な情趣をことさらに土地の発展だといって観光地化する俗輩がいるけれども、自然を破壊してしまったら二度と元に戻らん。しかしそれに毒されていないだけでもいい。
 次に口の方になるが天然自然に恵まれていれば、したがって食べ物に味がでてくるのは当然だろう。みのりの秋といえば第一番に御存じ庄内米、平野一望黄金色の波は実際に見た人でないとわからないが、その味とともに日本一。米が良ければ酒がいい。灘だ伏見だというけれどもそれは宣伝がきいているせいで、庄内はそれほどあさましくないから、よそを相手の儲けなどは考えない。酒がよければ女がいい、と、ものの順序はそうなっている。目でみれば世にいう庄内美人、味のほうは、これは各人各様試してみないとわからない。季節の野菜、果物等の山の幸、たとえば葡萄は甲州というが庄内の葡萄を御存じか。(註:いまや「甲州」という葡萄の品種は庄内と山梨だけ、そして庄内は江戸時代からつくられていた)柿の福島というが庄内柿を知っているかしら。孟宗竹、なめこの天下一味も知らないだろう。漬物にしても奈良漬と称するよそのものとはわけが違う庄内の粕漬けを一度味わってみればわかる。さらには小粒の茄子の辛子漬、その上、海の幸の小鯛、鰈、鱈、蟹等々。ああああ一々書ききれないのう。こんなこといっても信用しないだろうが土地で育ったものは皆知っているし、一度それを味わった人は皆感嘆するのだから、うそではない。黛敏郎さんは庄内米の白い飯を食いにわざわざ東京からでかけるそうだ。
かといってぞろぞろとだれ彼なくでかけられては困る。そうなると下等な商人が表れて素朴な叙情を荒らしてしまうのだ。
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さて6月5日(註:現在5月25日)の鶴岡化け物祭りというのがある。その昔菅原道真が太宰府に流されたとき、人々が編笠で顔を隠して酒を酌み交わして別れを惜しんだという故事にちなんで、編み笠に、顔は手ぬぐいでかくして目だけをだし、色模様の長襦袢を着て尻からげ、黒ももひき、手袋、雪駄ばき、だから男か女かだれかわからない。酒徳利と杯を持ち歩き、通りで顔見知りがいれば無理にも飲ませる。飲まされた人は、はてだれであろといぶかしながらもありがたく頂戴する。好きな女の子の家に上がってもいいし、片思いの女に無理強いして飲ませるもよし、こっちはだれだか全くわからないのだからどうも面白い趣向である。見破られてはいけないというスリルもあるし、一度はやってみたいと思っているのだが、なかなかその機会がない。(別冊宝石、昭和47年陽春号掲載)


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by ChidoMuseum | 2017-04-09 16:05 | Comments(0)