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カテゴリ:博物館のとっておき( 162 )

刀剣の教科書展「どちらからお越しですか」アンケート結果

目で観る刀の教科書展のアンケート結果がまとまりました。ご協力、ご来館いただきありがとうございました。
会期中来館者数13,389名 アンケート回答者数 6,928名 回答率51.7%


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アンケート結果
No.都道府県名入館数No.都道府県名入館数
1山形県203226奈良県17
2宮城県89127滋賀県15
3新潟県74528富山県13
4東京都56429徳島県12
5秋田県45830岡山県11
6福島県29131鳥取県10
7埼玉県25031熊本県10
8神奈川県24431三重県10
9千葉県19531沖縄10
10茨城県14735和歌山県9
11岩手県11435海外9
12群馬県9737愛媛県8
13栃木県9637福井県8
14愛知県8139香川県7
15青森県6639宮崎県7
16大阪府6441鹿児島県6
17長野県6341高知県6
18兵庫県4841島根県6
19静岡県4444山口県5
20広島県3244長崎県5
21山梨県3046大分県4
22京都府2546佐賀県4
23石川県23
23岐阜県23
25福岡県22

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by ChidoMuseum | 2017-06-11 10:32 | 博物館のとっておき | Comments(0)

乱れ藤四郎吉光、2日間特別展示&澤口希能理事長(日本刀剣博物技術研究財団)の講演


 先般5月27日28日両日の「藤四郎吉光 号五虎退」の2日間限定展示についで、6月3日4日は、「名物 乱れ藤四郎」を2日間夜8時までの特別展示をおこないました。
信濃藤四郎吉光とそれぞれの人気の藤四郎との展示はなかなかないでしょう。それにくわえて、澤口理事長の講演、両日で計7回の講演をしていただき、科学者の目からみた刀剣の講演はわかりやすくおもしろいと人気でいっぱいでした。始まって以来の1日入館者数1326名を記録するなどこの2日間で2428名の全国各地大勢の皆様からご来館いただきました。ありがとうございました。写真は6月6日付荘内日報掲載記事
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藤四郎号五虎退&信濃藤四郎(5月27日28日)


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乱れ藤四郎&信濃藤四郎(6月3日4日)

日常的に警備は厳重にしていますが、刀剣を感賞するでもなく、不可思議な動きをしていた挙動不審者が目撃されていますのでさらに厳重に警戒いたしております。
ツイッター上でも警戒を拡散してご心配いただいていますことお礼申し上げます。感賞していただく皆様にはご迷惑をおかけすることは決してありませんので、ごゆっくりご清鑑ください。

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by ChidoMuseum | 2017-06-05 21:41 | 博物館のとっておき | Comments(0)

信濃藤四郎吉光 & 藤四郎吉光 号五虎退 が共演、5月27、28日夜8時まで特別展示

 5月27,28日の両日夜8時まで、信濃藤四郎吉光 & 藤四郎吉光 号五虎退を特別展示しております!!。
大勢の刀剣女子やファンで賑わっています。下記は5月28日附荘内日報より。
同様に6月3,4日は夜8時まで、信濃藤四郎吉光 & みだれ藤四郎吉光 を特別展示してます。お楽しみに!

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by ChidoMuseum | 2017-05-27 19:12 | 博物館のとっておき | Comments(0)

日本遺産認定「サムライゆかりのシルクー日本の近代化の原風景に出会うまち鶴岡へ」

4月28日平成29年度日本遺産認定「サムライゆかりのシルクー日本の近代化の原風景に出会うまち鶴岡へ」^^^^^^^^^^^^^

日本の近代化を産業面から索引した絹産業。旧庄内藩士が刀を鍬に持ち替えたことが、鶴岡市を中心とする庄内地域が国内最北限の絹産地となったきっかけでした。この地域は、国内の絹産業が時代とともに衰退する中で、百数十年も経た今もなお、養蚕から絹織物の製品化まで一貫した工程が残る国内唯一の地です。
”生きた業”の産業観光地~松ヶ岡開墾場~
明治維新の後、旧庄内藩士約3,000人(推定稼働延人員約50万人)が刀を鍬に替え、荒野を開拓し日本最大の養蚕群を建設した松ケ岡開墾場。ここは庄内地域のみならず、日本の近代化にも貢献した”ジャパンシルク源流の地”です。松が岡の開墾は、鶴岡市を中心に庄内地域で絹産業隆盛の大きな契機となり、産業面だけでなく、文化面にも大きな影響を与えました。明治時代初期に全国的で行われた士族授産の開墾地の多くが普通の農山村集落となっていった中で、松が岡開墾場は開墾当時の形態を継続し、今日までその施設、開墾地、経営方針を維持している稀有な例であり、日本の開拓史上きわめて貴重とされています。松が岡開墾場綱領にある「徳義を本として産業を興して国家に報じ、以て天下に模範たらんとす」の教えが守り続けられ、養蚕から製糸・製織・精錬・捺染までの絹製品生産の一貫した工程を無形の文化遺産、すなわち”生きた業"として現在に継承する、国内で唯一の地域となっています。
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多層民家の里~田麦俣~
鶴岡市の田麦俣地区は、庄内地域と村山地域を結ぶ60里越古道沿いの集落で、4層構造の多層民家の里として知られ、松が岡の開墾により大きな影響を受けた地域の一つです。明治時代の中頃、現金収入の源として養蚕が盛んになり、民家の2階以上が養蚕の場所として使用されるようになっていきました。しかし同地区は、山間部の傾斜地に位置し、住宅に適した土地が狭いうえに冬季は豪雪地帯として知られ、建物の新築や増築が困難であったため、毎日の暮らしと作業・養蚕のための部屋が一つの建物の中にまとめられて多層の形になったといわれています。1層めは家族の居住用、2層目は住み込みの使用人たちの居住用と作業場、3層目が養蚕、そして4層目が物置として使用されました。その際養蚕の作業効率を高めるため、屋根裏の改造が行われました。四方の屋根から採光と煙だしができるように「高はっぽう」と呼ばれる高窓が設けられましたが、これを屋根の側面から見た姿が「武者のかぶった兜」の姿に似ていることから、「兜づくり」と呼ばれるようになり、建物は輪郭とゆるやかな反り具合が美しい、風格のある意匠にかわっていきました。
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近代化の原風景~~商業・産業の近代化遺産群~~~~

 鶴岡の絹織物産業に対して、ベンチャーキャピタルとして投資したのが、鶴岡城下で旧庄内藩の御用商人として発展し、後に鶴岡一の豪商となって産業の振興に力を注いだ風間家でした。風間家7代当主風間幸右衛門は、武家屋敷跡に住居と営業の拠点として「丙申堂」を明示29年(1896)丙申の年に建設しました。この丙申堂は約200年前の武家門や、約4万個の石がおかれた「石置屋根」が特徴で、主屋を中心に4つの蔵や広大な板の間と大黒柱など、豪商の往時の繁栄ぶりをよく残しております。
市内にある致道博物館では、田麦俣地区にあった多層民家の1棟が移築展示され、煙出しなど現地の行事が行われており、同じ敷地内に移設された明治時代、桑園整備への資金貸付、養蚕指導などが重要な業務となっていました。また鶴岡市内に立地し絹織物の精錬を担う羽前絹練では、明治時代創業の工場と昭和15年建築の事務所が当時のまま活用されており、往時を偲ぶことができます。
このように、鶴岡市では、近代化の礎となった絹産業の歴史と文化を保存継承し、近代化の原風景が貴重な歴史遺産として残されているとともに、現在は、絹の新たな文化価値や創造性あふれる産業を創出するため、市f0168873_21485429.jpg

民、地域、行政が連携して「鶴岡シルクタウンプロジェクト」に取り組んでおり、鶴岡で生まれた絹糸の新たな活用としてkibisoが、改めてジャパンシルクを世界に発信しています。
構成文化財:
松ケ岡開墾場(国史跡)、松ケ岡開墾士住宅(市有形)、旧遠藤家住宅(県指定・田麦俣地内)、旧風間家住宅丙申堂(国重文)、風間家旧宅表門(国登録)、風間家旧宅西側板塀(国登録)、風間家旧別邸無量光苑釈迦堂(国登録)、風間家旧別邸土蔵(国登録)、風間家旧別邸表門(国登録)、風間家旧別邸中門(国登録)、風間家旧別邸北門(国登録)、風間家旧別邸板塀(国登録)、旧渋谷家住宅(国重文・致道博物館)、旧西田川郡役所(国重文・致道博物館)、御隠殿(致道博物館)庄内藩校致道館(国史跡)
No,ストーリータイトル都道府県申請者
1江差の5月は江戸にもない~ニシン繁栄が息づく町~北海道江差町
2荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~山形、北海道、青森、秋田、新潟、石川、福井酒田、函館、松前、鰺ヶ沢、深浦、秋田、新潟、長岡、加賀、敦賀、南越前
3サムライゆかりのシルク~日本近代化の原風景に出会うまち鶴岡へ山形県鶴岡市
4和装文化の足元を支え続ける足袋 藤のまち行田埼玉県行田市
5忍びの里 伊賀・甲賀~リアル忍者を求めて~滋賀県・三重県甲賀市・伊賀市
6300年を紡ぐ絹が織りなす丹後ちりめん回廊京都府宮津市・京丹後市・与謝野町・伊根町
71400年にわたる悠久の歴史を伝える「最古の国道」~竹内街道・横大路(大道)大阪府・奈良県大阪府
8播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道~資源大国日本の記憶をたどる73kmの轍~兵庫県朝来市・姫路市・福崎町・市川町・神河町・養父市
9絶景の宝庫 和歌の浦和歌山県和歌山市・海南市
10最初の一滴醤油醸造の発祥地 紀州湯浅和歌山県湯浅町
11日が沈む聖地出雲~神が創り出した地の夕日を巡る~島根県出雲市
12一輪の綿花から始まる倉敷物語~和と洋が織りなす繊維のまち~岡山県倉敷市
13きっと恋する六古窯~日本生まれ日本育ちのやきもの産地~岡山、福井、愛知、滋賀、兵庫備前市・越前町・瀬戸市・常滑市・甲賀市・篠山市
14森林鉄道から日本一のゆずロードへ~ゆずが香り彩る南国土佐・中芸地域の景観と食文化高知県安田町・奈半判町・田野町・北川村・馬路村
15関門ノスタルジック海峡~時の停車場、近代化の記憶~福岡県・山口県北九州市・下関市
16米作り、2千年にわたる大地の記憶~菊池川流域「今昔水稲物語」~熊本県山鹿市・玉名市・菊池市・和水町
17やばけい遊覧~大地に描いた山水絵巻の道をゆく大分県中津市・玖珠町



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by ChidoMuseum | 2017-04-29 14:21 | 博物館のとっておき | Comments(0)

特別展「茶の湯」於東京国立博物館 に当館所蔵重要文化財「潮音堂」を出品

4月11日から6月4日まで、東京国立博物館で特別展「茶の湯」展が開催中です。特別協力として表千家、裏千家、武者小路千家、藪内、遠州茶道、江戸千家、大日本茶道学会、茶道宗徧流が各流派が特別協力して、お茶に興味ある方には必見の展覧会、是非ご覧ください。当館所蔵の重要文化財「潮音堂」が出品されております。
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その由来については・・・・・・・・

聖一國師  圓爾弁圓  駿河国安倍川上流出身が、鎌倉幕府貞永式目制定、北條泰時全盛時代のとき、諸方参学の後、嘉禎元年(1235)宋に渡って法を求める。

聖一國師が宋で、諸国を遍歴していた。当時天下第一の宗師は径山にいる無準師範和尚としり、直ちに無準を尋ねる。

無準は聖一國師の器量を買い、直ちに入室をゆるした。

滞留六年無準の下で研学、七年目仁治二年、師自ら日本帰国をすすめ、「早く本国に帰って祖道を提唱せよ」との言葉に博多に帰った。当時、日宋貿易をやっていた宋人の謝國明が大旦那になり、博多に承天寺を創立することとなった。

帰国早々承天寺開創を聞いた師の無準は喜びの御祝いとして承天寺の寺額や寺役を示す牌字を自ら書いて贈られた。新寺の模様や大きさが分からないため、大小沢山書いた。ところが九州の天台宗徒に非常な打撃を与えたため、聖一國師の声望をねたみ創立まもなくにも関わらず焼き討ちを掛けられた。そこでやむなく招かれるまま京都に移り大相國九條道家保護により東山に東福寺を経営することになった。

先の師の無準より書いてもらった額字は幸いに承天寺の火事から難を逃れた。そして國師が宋朝より持ち帰った幾多の法文学書と共に東福寺内の普門院に納められた。それらの額字の中にこの潮音堂の三字があった。そして小堀お家元のところに添状二通あり、それによると東福寺の伽藍修理の為に寛永八年二月四日に黄金二百枚を以て「潮音堂」の幅を淀屋三郎右衞門に売渡し、その証明に東福寺の寺役たる東堂西堂の坊主が署名をしている。

なお一通には表具の寸法圓取が書いてあって、それは今日のものとは表層裂が違っているから、遠州が何かの因縁で此の幅を淀屋から譲られて後、今の表具に仕立て替えたとみえる。当時の位地および数奇の模様から察せられる。(田山方南氏当館館報)

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その後、小堀遠州家より酒井に渡った伝説があります。荘内の百科事典といわれる大泉叢誌には次のように記されています。

潮音堂御掛物由来ーーーー坂尾万年編大泉叢誌

潮音堂の御掛物は、故小堀政(遠江守)金山寺より出しを、七百両に求められ、忠勝公は政一の茶の御弟子なりしが、或時、殿中にて遠州申されけるは、珍しき掛物手に入りしまま、一服進じたき由にて日限約諾これあり、忠勝公入らせられしに、彼潮音堂を床にかけ置きぬ。甚だ御称美あって其の値を議せられけるに、政一笑って一字千金と申されとなり。

其の日はそれにて済み、後日に又殿中にて忠勝公政一へ仰せけるは、先日の潮音堂何卒今一度たきとて、又日限を約せられ、其の日に至り入らせられ候て、中立の砌 彼の掛物をとりたまいて、早乗りにて帰らせられ、遠州出迎え講じ入られんとせられしに、公おわせざりしかば、不審してそここことたづね奉るうちに、公より御使者をもって掛物の礼をのべ代三千両出しければ、遠州もさほどまで望ませられんにはとて、その意にまかせられしとなり。依りて小堀和泉守潮音堂掛物箱ばかりあり。その後右三文字を能書にうつさせ印も朱をもって書きし、掛物小堀候にありとなり。


その後、平成10年初夏に小堀宗慶お家元に箱書きをしていただきました。




なお、鶴岡の木村屋で最高の原材料を使った「潮音堂」のお菓子があります。
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なお、伝説口伝には他にいろいろな説があること申し添えます。



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by ChidoMuseum | 2017-04-15 19:34 | 博物館のとっておき | Comments(0)

雛菓子を展示しております。

3月1日から4月3日まで鶴岡雛物語で雛菓子を展示いたしております。
10店舗、それぞれのお店で趣向を凝らしての雛菓子
果物あり、魚そして切り身あり、焦げ具合から、ミカンをちょっとむいたところなど、芸術的です。
下記にご紹介します。
現物を是非ご覧いただきたいと思います。
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 梅津菓子舗、菓子の梅安、遠州屋、久栄堂菓子舗、木村屋、住吉屋菓子舗、セレン・ドウ・つるや、港屋、藤田菓子舗、福田屋の10店舗からご協力いただき、展示いたしております。

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by ChidoMuseum | 2017-03-02 17:29 | 博物館のとっておき | Comments(1)

鶴岡雛物語がはじまります。恒例の庄内藩酒井家伝来の雛人形雛道具はじめ鶴岡伝統雛菓子10店舗、そして同時代のヨーロッパの小さなままごとの一大コレクションを展示

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3月1日より4月3日まで鶴岡雛物語を開催します。
当館入り口には、顔だし看板もすえつけられました。

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 今回は恒例の庄内藩酒井家伝来の雛人形雛道具はじめ鶴岡伝統雛菓子10店舗、

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そして特別企画として「もうひとつの川内由美子ミニチュアコレクションとして江戸同時代と同時代のヨーロッパの小さなままごとの一大コレクション2000ピースを展示いたします。
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本場でもなかなかみることの出来ない一大コレクションで、創作布花作家川越怜子氏とのコラボにもご期待ください。(上記写真:ブルーフルーテッド ティーセット15ピース 19世紀ドイツ、フレンチローズディナーセット 34ピース 19世紀フランス、ローズ ディナー&ティーセット 24ピース 戦後日本、ジンジャー&ピクルスのお店 1970年イギリス)

また静岡県三島市の公益財団法人佐野美術館では、佐野美術館創立50周年・三島市制75周年を記念して大きな雛人形と小さな雛道具(川内由美子コレクション)を開催することから、佐野美術館さんと当館のスタンプラリーをおこない、川内氏より記念品が贈呈されることになりました。
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是非両館におこしください。
明日オープンにそなえて2月28日万全の準備、ボランテア解説員の勉強会&講話、川内由美子氏、大沼賀世学芸員を講師に開催しました。
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またこの雛物語展オープンにむけて進めてきた改修工事も終了、最新式の快適なトイレ環境になりました。
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また
また雛道具、細川家の九曜紋と酒井家の酢漿草紋のはいった雛道具がありますが、それと付随した古文書も展示いたしております。貴重な物だから家宝として子々孫々大切にするようにと目録とともに記されています。

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by ChidoMuseum | 2017-02-28 11:55 | 博物館のとっておき | Comments(0)

吉光の傳来

大いに話題になった重要文化財 短刀 吉光の伝来について下記「重要文化財短刀吉光の傳来」(抄)と題した酒井忠治の一文を紹介します。

反り無し 目釘穴3
銘 吉光 表粟田口吉光   短刀   財団法人致道博物館蔵
長さ8寸2分5厘  裏護摩箸 名物信濃藤四郎
昭和25年8月重要文化財に指定
拵 1.柄   塗鮫
  2.縁頭  角
  3.目貫  赤銅茄子(宗乗作)
  4.鞘   黒


昭和26年に「吉光」の刀の附札があるものを発見した。それは小さい紙片で次の様に記してある。
信濃藤四郎 代金参百枚
永井信濃守指上ル 松平肥前殿拝領
其の後酒井宮内様御めし被成候
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これによって見ると、信濃守が何かの祝いのおりに、2代将軍秀忠にこの刀を献上し、後
松平肥前守が将軍より拝領したものであろう。松平肥前は鍋島勝茂の二男(後に松平)忠直のことである。当時の例として叙爵の時、刀を賜ったらしい。
「忠直、父に先立って卒しければ、嫡孫光茂 家を継ぎ、慶安元年元服し、御家号、御諱字を賜り、従四位下に叙し、丹後守に任ず。御刀を賜う。(中略)其の子信濃守綱茂、寛文七年元服して御諱字を賜い、従四位下に叙す。御刀を賜うこと例の如し」(藩翰譜)
とあるから、忠直が叙爵の時拝領したものであろう。そして其の後酒井宮内大輔忠勝(三代)に伝わったものと考えられるのである。

忠勝に伝わったということの貴重な記録として、やはり昨年次のごとき文書を見いだすことができた。
信濃藤四郎吉光之御脇差代判金
四百参拾枚者小判参千貳百拾五両
御請取相済申候 則御脇指御主方へ急度進上可仕候 爲後日一札如
此に御座候以上
寛永拾参子          本阿彌三郎兵衛
九月廿七日
                     忠利  印  花押
               同   十郎兵衛
                         印  花押
酒井宮内様御内
  吉田甚右衛門殿
  犬塚又左衛門殿
        参
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これによって忠勝が本阿彌三郎兵衛を通じて松平肥前守より譲り受けたことはほぼ確実である。次に忠勝が譲り受けて後 寛永十九年に、本阿彌家では又々この刀を酒井家より借り受けいろいろと詮議している。即ち
吉光御脇指吟味仕相済申候節本阿彌三郎兵衛申聞候口上之覚
吉光御脇指名物之御道具に御座候故同名共と度々一覧仕相談之上
五百枚に仕候 大事之御道具に付再覧に手間を取延引仕候
此旨可然様に御序を以申上候様にと三郎兵衛申上候以上

 十二月十四日

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これは前掲の文書と共に、この刀の由来を知る上に興味あるものと思う。
以上数項にわたって考証を述べてきたが、要するに本阿彌三郎兵衛の書状が今日までのところ、一番確実なものであろう。それで三代忠勝の時より酒井家に伝わったものという結論をつけたい。しかし、後日にそれ以上の資料が発見されるかもしれない。それを期待してひとまず擱筆する次第である。

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by ChidoMuseum | 2017-02-19 19:11 | 博物館のとっておき | Comments(0)

歴史の扉~街道と海道~のギャラリートーク

歴史の扉 ~街道と海道~(1月27日(金)〜3月1日(水))
江戸と庄内をつなぐ〈街道〉、大坂と庄内をつなぐ〈海道〉、
江戸時代に発展した陸と海の道を古文書資料から読み解く楽しみをあじわっていただく
担当した菅原学芸員のギャラリートークを2月4日午後2時から開催しました。
50数名の大勢の皆様よりご聴講いただきました。
ありがとうございました。

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by ChidoMuseum | 2017-02-04 17:27 | 博物館のとっておき | Comments(0)

季節の風物詩 火焚き(いろり)

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 1月12日から重要文化財旧渋谷家住宅の萱屋根保存のための通称火焚き(囲炉裏)が始まりました。消防署の許可手続きを経て、今月は、本日から15、19、22、26、29日の午前中に実施予定です。
冬がきたと感じさせる風物詩となっています。


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by ChidoMuseum | 2017-01-12 14:40 | 博物館のとっておき | Comments(0)