致道ブログ

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寒蘭展を開催

 11月19日より寒蘭展が展覧会場ロビーで開催いたしております。ほのかな香りとともに気品ある可憐な蘭花がみなさまをお迎えします。とはいうものの今年は天候不順その影響から開花がおくれております。ということで会期をもう1週間延長することになりました。東陽蘭でイメージされる花ことばは、「静か」「気品」「芳香」
「緊張感」「侘び・寂び」「小宇宙へのいざない」です。どんなイメージをされるでしょうか、お楽しみください。
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蘭は大きく分けて西洋蘭(洋蘭)と東洋蘭があります。これは植物学上の分類でなく、園芸趣味の世界で使われる呼び名です。
東洋蘭:広い意味では中国、台湾、日本、朝鮮の東アジア原産のラン(中国春蘭や恵蘭、寒蘭、日本春蘭、長生蘭、富貴蘭など)を東洋蘭と呼んでいます。
洋蘭:欧米経由で我が国にもたらせられたランの園芸上の通称。
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by ChidoMuseum | 2012-11-25 16:22 | 展覧会 | Comments(0)

高山樗牛賞授賞式

 11月21日午後3時から東京第一ホテル鶴岡で平成24年度第55回高山樗牛賞授賞式(鶴岡市教育委員会)がおこなわれました。高山樗牛賞は、庄内の生んだ明治の文豪高山樗牛の偉業を顕彰し、地方文化の向上に資するため、昭和33年に設定されました。庄内地方に居住する文芸・評論・作文等の制作自績において著しく地方啓発に功績があり、または極めて優秀な作品の発表を行ったものにたいして授賞するものです。また高山樗牛奨励賞は、庄内地方に設置する小学校、中学校及び高等学校に在籍する児童及び生徒で、文芸・評論・作文等において優秀な作品の発表をおこなったものに対し、小学校の児童及び中学校の生徒の部、高等学校の生徒の部の区分により授賞するものです。
 高山樗牛は明治4年斉藤親信の二男として鶴岡に生まれ、高山久平の養子となる。養父の転勤に従って山形・福島の小中学校を転々とし、仙台の第二高等学校を経て東京帝国大学に入学、在学中に書いた歴史小説「滝口入道」が読売新聞の懸賞小説に首席で入選、一躍脚光を浴びた。明治29年卒業、仙台2高の教授となったが、翌年総合雑誌「太陽」の主幹に迎えられ、文芸批評を中心に筆をふるった。明治33年ドイツ留学の官命をうけたが、病気により辞退、神奈川県内で転地療養すうるが明治35年12月24日32歳の若さでなくなった。遺志により静岡市の龍華寺に埋骨されました。
 今回は高山樗牛賞に、庄内町の樋渡浩さんが方言を主に庄内の風土に根ざした息の長い文芸活動は地方文化の啓発向上に大きく寄与しその功績は顕著であるとして、受賞されました。
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また高山樗牛奨励賞小学校の児童および中学校の生徒の部では、鶴岡市立朝暘第一小学校5年佐藤初音さんの詩集ー「光と色と」等が、言葉ひとつひとつの選び方や豊かな感受性と確かな表現力、構成力が高く評価されました。
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そして鶴岡市立朝暘第二小学校六年櫻井徳志さんは、「銀行強盗の謎を追って」「UFOの謎を暴け!!」など社会環境との関わりを持つ設定や登場人物の性格を関連づけ文章力や言葉選び、構成力が高く評価されて受賞されました。
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授賞式の後の講話で、高山樗牛賞授賞者樋渡浩さんがユーモアたっぷりに方言をまじえ失われつつある地方独特の風俗、伝承を語り、会場を沸かしました。高山樗牛奨励賞の佐藤初音さん、櫻井徳志さんは、今後詩作や小説をかきつづける意欲をにじませ、将来がますます楽しみで、今後の活躍をおおいに期待したいと思います。
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by ChidoMuseum | 2012-11-24 19:37 | あれこれメディア情報 | Comments(0)

本間美術館・致道博物館姉妹館交流会を酒田で開催

 平成9年(1997)10月16日、酒田の財団法人本間美術館と致道博物館は姉妹館盟約締結して以来、交互に姉妹館交流会をひらいております。
 昨年は鶴岡の致道博物館でおこなわれました。今年は酒田の本間美術館の当番です。
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 11月15日午後6時20分本間美術館との交流会は酒田市勤労者福祉センター凰花園でおこなわれました。
 今年度から致道博物館が今年4月公益財団法人としてスタートしたことや、今年本間美術館の庭園が国の名勝指定になったこと、本間美術館創立65周年をむかえたこと、展示事業などの事業について、来年度には交流展を開催をすることなど話あいました。
 そして出席した本間美術館16名致道博物館8名お互いの職員を紹介、なごやかに懇談いたしました。
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by ChidoMuseum | 2012-11-16 16:48 | 博物館のとっておき | Comments(0)

辻原登先生講演

11月10日午後3時から松ヶ岡本陣で松ヶ岡地域振興会議主催で松ヶ岡文化講演会が開催されました。講師に日本経済新聞に2000年連載された「発熱」の著者芥川賞作家辻原登先生をおむかえし、先般逝去された丸谷才一先生を偲びながら丸谷先生のお話しや、鶴岡市、三瀬、松ヶ岡など舞台になった至上の愛と巨大バンクとの戦いを挑む天才ファンドマネージャーの物語「発熱」のお話しやこの日のために創作された小話で楽しい有意義なひとときをすごしました。
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 丸谷先生が一番ノーベル文学賞に最もふさわしいと辻原先生が断言。丸谷先生は作品については厳しく批評するが、人の批判悪口はいわなかった公平無私の人で、そのため誤解されることが多かったように思うと述べられた。辻原先生は丸谷先生から2度注意をうけた、辻原先生がお酒のうえでつい人の批判をしたら、きっとなった丸谷先生は、「きみね、へぼ将棋さしのことをへぼだという人の方がもっとへぼだ」といわれた(文学界)こと、3分間スピーチで30分近く長いスピーチした人の後に順番がきた辻原先生はきっちり3分間でスピーチを終えたら、丸谷先生が厳しい表情で待っておられた。自分は時間内に終えたし、なんだろうと内心で思いながらいたら、「あの長いスピーチのあとは、ありがとうございましたの一言で終わればいい」と丸谷先生から指摘、後はにっこりされた。そして鶴岡在住の直木賞作家佐藤賢一先生が「すばる」に書かれた丸谷先生追悼の一文「鶴岡は先生を待っていますよ」をこれはすばらしい文と紹介されました。「「丸谷先生から電話をいただいたことがある。鶴岡はどうですか。そう尋ねられた声が今も忘れられない、鶴岡は先生を待っていますよと朗らかに返せればよかったと思うほど悔しくて仕方がない」(すばる12)
その後の交流会では「おぐりほうがんへんど」の物語の謎ときをし、また辻原先生にとって思いがけない学生時代の同期生それも2人、何十年ぶりの再会とのこともあって盛り上がりました。
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 その後、街キネ(鶴岡市)で、松ヶ岡でも演奏した鶴岡出身のドラマー磯見博さんと国際的に活躍されている日野皓正さんとジャズのライブを辻原さんと聞きにいきました。休憩のとき日野さんと辻原さんが握手、日野さんの迫力あるトランペット、いきのあった磯見トリオ(ドラム磯見博、ピアノ田山勝美、バス渋谷盛良)とのジャズ・ライブを楽しみました。
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by ChidoMuseum | 2012-11-16 15:37 | 講座・教室 | Comments(0)

鈴木さまの手紙

 先月10月7日ご来館いただいた北海道札幌市の医学博士鈴木重統さまよりお手紙と写真をいただきました。
謹啓 
残暑の余韻から温度差以上の気候の変化で朝夕に冷え込みさえ感じる今日この頃ですが、お変わりなくお過ごしのことと存じます。
鶴岡のクラス会からちょうど1ヶ月経ちましたが、致道博物館での写真ができましたのでお送りいたします。
クラスメートが異口同音にいっていたことは、「鶴岡は格調の高い城下町だ。君は良い故郷をもってしあわせ だなあ」ということでした。
戊辰戦争と西郷隆盛、大西郷、南洲翁遺訓のことなどを中心に多くを学んだ旅行であったと思います。
寒くなりますので、くれぐれもご自愛くださいますように。                           謹白
鶴岡出身の鈴木さまのお誘いで北海道のクラス会を鶴岡でひらいていただきありがとうございました。
今回は駆け足でしたが、次の機会には、ゆっくりと荘内・鶴岡をお楽しみください。お待ち致しております。
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by ChidoMuseum | 2012-11-13 18:39 | あれこれメディア情報 | Comments(0)

土曜講座第4講「庄内地方の民間信仰」

11月10日午後2時から当館講座室において土曜講座がおこなわれました。
第4講は講師は庄内民俗学会幹事の後藤義治先生、
「庄内地方の民間信仰」と題して
庄内地方で古くから伝えられてきた数々の信仰、
日常生活の一部として一般民衆の間で行われている信仰を
解説お話いただきました。
なにげなく暮らしているなかの多くの信仰の奥深さと意義を
あらためて感じました。
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1、民間信仰とは
 ○自然崇拝ー自然に対する畏敬の念と自然との共存
 ○精霊崇拝(しょうれいすうはい)ー家族、共同体仲間、動物、植物
 ○自然崇拝、精霊崇拝が仏教儒教、道教など外来宗教とかかわり
 ○現在の民間信仰ー現世利益(げんぜりやく)を求める信仰ー生活習慣
2、昔語り「神のない話」 話者 土田市子氏(青山)
 昔、あるところの家の法事さ、和尚様と小僧さんと、和尚様を馬に乗せて小僧がひぱっていったど。しばらく行ったば、小僧「小便でる」と道ばたさ、しようとしたば、「これこれ 道ばたさ やたらに 小便するものでない 神様がいるさげ だめだ」和尚様が言ったど。小僧がまんして、ずーと行ったけど。また我慢できなくて川に向かってはじこうとしたば、馬のてっぺんから、「こら こら 川には川の神様がいるさげ、だめだ」、「田には田の神様がいるさげ だめだ」「山には山の神様がいるさげ だめだ」
 ずーと行ったば、小僧いよいよ我慢できなくなって、神様のいないところはどこさあるんだと思って、考えて、考えて、「そうだ わかった」と、大木の下にきて、馬を木につないで、するすると木に登っていったど。木のてっぺんから、和尚様の頭めがけて小便したど。「なに するんだ」と和尚様が言うと 「神(髪)のないところは、和尚様の頭きりないだも」といったけど。 
とんぴんからり ねけど
3、山の民間信仰
 ○山の神
 ○樹木の恵み
 ○山の神と農業
 ○山と漁業
 ○川の神
4、火伏せの信仰
 ○初未網張講
 ○天狗の縄張り
 市内鳥居町と山王町の一部町内会の有志で古峯原講別名「縄張り講」という行事がおこなわれている。
 昔、鳥居河原端から矢場小路にかけて火災が起こった。その時五日町東の秋葉山の近所から移住した老婆が「火事は火の神の使いである天狗が縄を張るから起きる。天狗が来て縄を張るのは、正月初未の丑の刻(午前2時)だから、子の刻(午前1時)に町内一帯に縄を張ると、天狗はこれを見て、自分の出番はないと立ち去り、難を逃れることができる」と語ったという。ところが町内の侍が酒に酔った勢いで、さんざん悪態をついて、脇差しでその縄を切って帰ったら、たちどころに自分の家は全焼してしまったと伝えられている。このように古峯原信仰と伝説が結びついて、同町の縄張り行事は毎年1月初未の夜におこなわれてきた。                     「鶴岡百話」梅木壽雄
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by ChidoMuseum | 2012-11-10 20:32 | 講座・教室 | Comments(0)

鶴岡バラものがたりー温海温泉バラ公園

 東京国立博物館、遠山記念美術館館長など歴任され染織研究家としてご活躍された山辺知行先生(1906~2004)には、致道博物館としても大変御協力ご指導いただきました。平成8年1月いただいたお便りには次のようにあります。
「私が始めて鶴岡へうかがったのが何時の頃か、確か昭和20年代のことと存じますが、東京国立博物館から着物をもって陳列にうかがったのであったと思います。御隠殿で陳列が行われていた頃で、土地不案内でよく判らず、御門を入ったら作業服をきてバラの手入れをしている人を植木屋さんと思ってぞんざいな言葉で入り口を聞いて、その晩は御隠殿のお茶室で泊めていただき、お風呂を戴きにお住まいの方へ伺ったら、真っ黒に陽に焼けて土仕事をしておられたのが、ご当主酒井忠良さまと判って平身低頭したことを覚えております。展覧会の日が雨で、見に来た女の人たちが玄関で足袋を履き替えて上がるのをみてびっくりしたことも忘れられません。街の中にバラが沢山植わっていて、後の花いっぱい運動のはしりであったと思います。以下略
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 この手紙にあるように、作業服をきてバラの手入れや管理をしていた16代当主酒井忠良でした。昭和29年創立された鶴岡バラ会でしたが、昭和38年の木根淵善吉会長は、次の様に会誌に書かれた。
「鶴岡のいたるところ、バラ会会員で管理した内川川端バラ花壇、鶴岡公園バラ花壇、大山街道バラ花壇、酒田街道バラ花壇にバラがうえられているのを旅行者はうらやましく思っている。酒井家のバラは他地方、または中央まで知られており、先代(酒井忠篤)の貴族的バラ栽培を酒井忠良氏が一般に公開して地元の方々の楽しみまでにいたった。」
 鶴岡バラ会では熱心に栽培技術の研究がされ、東京の鳩山邸や白木屋の展覧会などの見学にいくなど活発に活動していた。
 その後致道博物館では重要文化財旧西田川郡役所移設のため、酒井家からバラ園だった土地を譲り受け、そして酒井家バラ園のバラは大半が鶴岡公園に移植されました。
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 昭和37年の温海温泉、温海町観光協会報には、昭和37年鶴岡バラ会より苗木300本寄贈され、元日本バラ会浅田会長さんから設計していただき、温海バラ公園ができたことが記されている。そしてバラの温泉にしようと提言されている。
 この度鶴岡公園東側の改修工事に伴いバラ園が縮小されることになり、鶴岡市からそのバラ231本を温海温泉バラ公園に移植されることになりました。
11月2日温海温泉バラ公園で植樹祭がおこなわれ、「荘内藩殿様のバラ」としてバラを楽しんでいただくことになりました。是非温海温泉バラ公園へどうぞ。
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by ChidoMuseum | 2012-11-08 16:58 | あれこれメディア情報 | Comments(0)

東京の清雄寺

10月30日東京墨田区吾妻橋の清雄寺副住職で、横浜市の経力寺小山清信住職ご夫妻がご来館されました。
 正確には本門佛立宗関東根本道場大本寺清雄寺、「ほんもんぶつりゅうしゅうかんとうこんぽんどうじょうだいほんじせいおうじ」と読む、東京・スカイツリーの近く、吾妻橋のところにあるお寺です。
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 江戸時代初期、寛文2年(1662)に本門法華宗日宗上人によって建立され、出羽国荘内藩酒井家が菩提寺として、徳川四天王酒井忠次の菩提を弔うために下屋敷のあった本所中ノ郷の土地(現在も墨田区役所付近)を寄進して建てられました。(清雄寺の沿革から)
 戦災、関東大震災等でお寺の資料が乏しく歴史を調査にこられたとか、そして小山さまが、東北公益文科大学小松前学長と縁の方とうかがって、「ご縁」に慶び楽しくお話をいたしました。小松先生から致道博物館東京友の会でご講演いただいたことや会合でご一緒になったときのことなど、なつかしい思い出話をさせていただきました。
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by ChidoMuseum | 2012-11-05 19:51 | あれこれメディア情報 | Comments(0)