致道ブログ

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感動誘うコーヒー

鶴岡ファンの松村先生から朝日新聞東京の記事の切り抜きを送って頂いた。
タイトルは「伝説の店 あの一杯を再び」「井の頭 感動を誘うコーヒー」として大きく記事がでていました。
「もか」は東京井の頭公園北口の坂の途中にあった店。
店主 標(しめぎ)交紀(ゆきとし)さんの「感動を誘うコーヒー」といわれた伝説の店。
2007年標さんが亡くなり閉店した。
「もか」の記憶を伝えようと三鷹の中近東文化センターで「もかリバイバルカフェ」(今月末もう一度ある)が開催された。
「もか」で11年修行して鶴岡市でコーヒー店「コフィア」を開く門脇祐希さんが「もか」の白い制服をきて、コーヒーをたてた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まだまだつづき、詳細に報じられた。
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そして故 標さんの写真、門脇さんが三鷹でコーヒーをいれている写真があった。
松ヶ岡や湯野浜で標さんを招いてコーヒー談義をお聞きしたこと等懐かしく思い起こしました。
鶴岡の「コフィア」もこだわりの店、門脇さんが真剣に気むずかしそうに豆を選びぬいている姿、常連はコーヒーを楽しんでいます。門脇さんも、武蔵野コーヒー店上山さんのいわれた「飲んだときにポンとはじけ、苦いけど甘さがあり、舌に残らないで頭に残る味」をめざしているのでしょうね。
鶴岡駅から歩いて数分、是非お立ち寄り下さい。
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by ChidoMuseum | 2013-03-28 19:22 | あれこれメディア情報 | Comments(0)

第11回藩校サミット in Kagoshima

 平成25年3月9日第11回藩校サミットが鹿児島でおこなわれました。第6回藩校サミットは鶴岡で行われましたが、回もかさねて11回目となった今年は新たなスタートを感じさせるサミットでありました。鹿児島の藩校は造士館は、明治の学制改革の折、旧制第7高等学校造士館に生まれ変わり、更に戦後の学制改革により鹿児島大学となりました。藩校を継承する機関が国立大学になるのは極めて希有のことと思われますと、今回の大会会長の吉田浩巳鹿児島大学学長は述べておられました。
 参加藩校は北は青森県弘前稽古館から南は鹿児島造士館まで73校に及びました。
 開会にあたり、開会の辞を大会会長吉田浩巳鹿児島大学学長、主催者挨拶を漢字文化振興協会石川忠久会長、基調報告を江口正純実行委員長、歓迎の挨拶を島津修久島津家当主、伊藤祐一郎鹿児島県知事、森博幸鹿児島市長、来賓祝辞を徳川家広徳川宗家御名代、来賓紹介を白石宗靖実行副委員長、記念講演を「鹿児島の漢詩」石川忠久先生、「日新公いろは歌」朗誦を南さつま市 こどもの森保育園児、鹿児島の大学生、高校など学生が実行委員となって活躍されたことなどを鹿児島大と鹿児島国際大学の両学生が体験発表しました。
コーデネイター原口泉鹿児島県立図書館長で、
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末吉竹二郎国連環境計画FI特別顧問、
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吉田浩巳鹿児島大学学長がパネラーで、
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「地域の教育力をどう活かすか~人間を育む鹿児島からの提言~がおこなわれました。そして鹿児島大会宣言の採択が行われ、忍藩(埼玉県・野村萬斎主演映画「のぼうの城」の忍藩)工藤正司行田市長が次期開催地の挨拶を行い、前田芳實実行副委員長が閉会の辞を述べ、有意義な大会の幕を閉じました。交流会では加治木島津家島津義秀当主による薩摩琵琶の演奏、創作「鹿児島おはら節」をヤング踊り連チーム鹿女短が花を添え和やかなうちに幕を閉じました。
 会場の城山ホテルに、「薩摩なる 父 桜島 薩摩なる 母は城山 錦江の海」の歌碑が印象的でした。この歌は、鹿児島県知覧町出身の川畑愛義京都大学名誉教授の作とありました。
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翌日は南洲墓地に赴き西郷南洲翁、西南戦争で亡くなった旧庄内藩士伴兼之・榊原政治のお墓参り、花が供えられ説明板もありました。
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表示板は下記の通り(日本語&英文)
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庄内藩士(山形県)
       戦没日         戦死地  享年
伴  兼之 明治10年3月20日 肥後植木 20歳
榊原政治 明治10年5月10日 延岡病院 18歳
明治8年他藩士ながら特に私学校入学を許可された。
西南の役が起こると帰国するよう説得されたが、敢えて従軍した。

RETAINERS OF SHONAI DOMAIN(YAMAGATA PREFECTURE)
Tomo(Ban) Kaneyuki, died at the age of 20 in a battle at Ueki, Higo(Kumamoto),on March
20th, 1877.
Sakakibara Masaharu, injured at Mifune,Higo(Kumamoto), died in the Nobeoka Hospital
on May 10th at the age of 18.
Although these retainers were from other domains, they were allowed to enter Saigo's
Shigakko school in 1875. When the Satsuma Rebelion broke out they were advised to
return to their homes, but instead they decided to stay and fight in Saigo's army.


庄内からの参加者は、
細井功、細井睦子、村井光彌、佐藤謙、松森昌保、水野貞吉、村岡敏、春山久、菅原功、三矢正士、邊見明、山田登、山田和子、富士直志、長谷川芳子、三浦宏平、森久市、遠藤敏雄、菅原銀子、小花美和子、庄司公、渡部洋(東京)、下妻彰(東京)、本間直子、難波忠昭、五十嵐正敏、石原純一、松田耕、酒井忠順、酒井忠久以上30名でした。
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by ChidoMuseum | 2013-03-13 17:36 | 講座・教室 | Comments(0)

絆の時代

3月4日付で東京友の会の福原正和さまより、3月2日開催の東京友の会の時の文を添えて写真を送っていただきました。嬉しいお手紙でしたのでご紹介します。激励のお手紙と写真をありがとうございました。

致道博物館 東京友の会 各位

拝啓 
 浅春の季節を迎え、梅がようやくほころび始めました。
 さて過日の集い(東京友の会)は、
古郷を共にする多くの仲間と懇談でき
本当に楽しい会合でした。
 講演(前田直己先生)では古郷の山川草木について新たな情報を得て、
 懐の深い庄内に生まれ育った事に大変な誇りを感じました。
 私は、かつて本体(NHK)の先輩に誘われてこの会に入りました。
「文化の拠点 致道博物館」をキーワードに会員を更に増やし、
もっと大きな輪になったら素敵じゃないですか!
 
 今、”絆”の時代です。
 
 健康に留意してまた会いましょう。  敬具
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by ChidoMuseum | 2013-03-09 14:28 | 博物館のとっておき | Comments(0)

致道博物館東京友の会開催

 平成25年3月2日午後1時30分から東京・江戸川区船堀のタワーホール船堀で恒例の致道博物館東京友の会を開催しました。後藤靖子前山形県副知事や江戸川区の小久保さんはじめ6名の皆様 90名お集まりいただきました。冒頭館長が致道博物館の現況や計画などお話しました。つづいて前田製管株式会社の相談役、山形県公安委員長の前田直巳先生から「古里の自然に想いを馳せて」と題してご講演をしていただきました。
前田講師は、趣味:日本国有鉄道、百名山登頂山登り、お遍路、温泉巡りそして早稲田大卒業後77銀行入行を経て、前田製管入社、代表取締役を経て現在相談役、平成20年東北大学大学院環境科学科修了、環境科学で工学博士という経歴の先生です。ふるさとの自然に想いを馳せて、貴重なデータと歴史を交えて、きれいな画像と深いいいお話を伺いました。
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最後に、  願望「この美しい自然や歴史は、祖先から贈られた宝物、そのまま子孫に残したい。
The earth is lacing from the future--------- A Proverb of American Native
と結ばれました。
その後懇親会にはいり、富士酒造、度會本店、羽根田酒造、加藤嘉八郎酒造、竹の露、千代寿虎屋、JAたがわ月山ワインの提供の山形の美酒を紹介、味わいながら交流を深めました。
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by ChidoMuseum | 2013-03-08 19:28 | 博物館のとっておき | Comments(0)