致道ブログ

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平成26年新作名刀展ー現代の刀工と刀職

 8月1日より8月20日まで、平成26年現代の刀工と刀職 新作名刀展を開催いたします。公益財団法人日本美術刀剣保存協会が主要事業の一つとして行うもので通算で60回目となります。まさに21世紀の名匠・名工を輩出し、若手にとっては登竜門としての展覧会となっています。東京・刀剣博物館、山形県致道博物館、埼玉県川越市立博物館の3館で巡回展示をおこなっています。
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日本刀という世界に希有な鉄の文化財を守り、その制作技術を保存・伝承するため「たたら吹き」を行っています。本展出品作はこのたたら吹きで生産された玉鋼を原料として制作されたものです。「研磨・外装技術発表会」や作刀・研磨・外装各部門に技術者育成の研修会があり、研鑽に励み、技術錬磨の日々を送っています。
 今回新作名刀展には無鑑査を含めて60点の出品がありました。厳正な審査の結果、特賞(正宗賞は4年ぶり)1点、優秀賞6点、努力賞20点、入選20点を選定いたしました。いずれも力作揃い、日本の伝統技術の粋である日本刀の傑出した「くろがねの美」を心ゆくまでご堪能ください。
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by ChidoMuseum | 2014-07-31 18:36 | 展覧会 | Comments(0)

シンポジューム 藩主の交斿

 7月26日午後1時からシンポジューム藩主の交斿が当館講座室でひらかれました。
1、藩主の文学活動のモデルケースとして荘内藩主酒井忠徳の文学活動を考える。2、藩主の和歌活動や俳諧活動にはどのような人々がかかわったのか。3、藩主の文事を通して藩の文化や歴史意識を理解する。以上の3点の趣旨により、日本学術振興会科学研究補助金による4つの基盤研究が主催しておこなわれました。10年以上も前、井上敏幸先生はじめ3名の先生が酒井忠徳の俳諧資料を研究したのが発端でした。
基調講演「荘内藩主酒井忠徳の文学活動ー藩主酒井忠徳公の俳諧と題して、佐賀大学地域学歴史文化研究センター井上敏幸先生が基調講演、俳諧に必要な用紙など一式がそろっていることから熊本細川家の俳諧資料と並ぶものと評価されました。
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また和歌と俳諧がむすぶ人と地域として研究報告があり、藩主酒井忠徳公の文芸資料の価値と題して岩手医科大学教養教育研究センター平林香織先生から松代の俳諧資料の調査から、松代藩主真田幸広と酒井忠徳は、13才で家督を譲られるなど同じ環境で育ったこともあっての俳諧を通じて親密な関係があることもあり、松代と荘内との俳諧資料を合わせて研究することは意義深いと報告がありました。
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「八戸藩主南部信房の俳諧活動」湘北大学伊藤善隆先生、「地下から地方へ」国文学研究資料館神作研一先生、「藩主島津齋宣の文芸活動」鹿児島大学丹羽讓治先生の講話、そして「資料紹介」として「藩主酒井忠徳公の所蔵資料ー日野資枝に関する資料の一部」新潟大学錦仁先生、「備中松山藩主安藤冠里のサロン「闘鶏句合」をめぐって」立教大学稲葉有祐先生の講話がありました。なかなか時間がなく短め終わってしまい残念なところもありましたが、大変興味深く拝聴しました。
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by ChidoMuseum | 2014-07-26 18:58 | 講座・教室 | Comments(0)

白土会展開催中

新庄最上地方を中心に北村山地方も含めた洋画・版画・彫塑を主とする美術団体の「第99回白土会展」が19日から7月29日まで開催中です。
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安孫子 昭「アルフォンソ8世の城」
昭和35年我孫子昭を会長に青柳弘俊、安喰宣善、半田豊5名で結成、第1回展を新庄市松屋画廊で、近岡善次郎、真下慶治、志田繁治画伯の賛助出品をえて開催、その後新庄、山形、酒田、鶴岡、最上の町村で巡回展を開催するなど今回で99回を迎え、地域の美術振興と文化の向上に力をつくしてこられました。
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上村隆士「アンサンブル」(背景はもしかして当館の旧鶴岡警察署庁舎と民俗文化財収蔵庫のイメージ?)
昭和46年斎藤茂吉文化賞、平成2年新庄市文化団体会議功労賞、平成8年新庄市あじさい表彰奨励賞、平成8年山形県民芸術祭優秀賞、平成11年地方文化功労文部大臣表彰、平成18年山形県民芸術祭優秀賞、平成23年山形県民芸術祭優秀賞など数々受賞されました。
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飯澤正「飯豊連峰」

会員は現在23名、今回は、我孫子昭、青柳弘俊、安喰宣善、飯澤正、伊藤幸子、奥山三郎、加藤良哉、上村隆士、今田實、斎藤利雄、佐藤正弥、庄司健二、早坂宗太郞、半田豊、樋口勝也、星川学、森俊悦、安井敏也出品の21点。
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安喰宣善「形象・北の早春」
平成22年は結成50周年を記念して鶴岡市、山形市、新庄市で記念展を開催しました。会名は、「白」は純粋と理想、「土」は、大地に根をおろして・・という意味を託しています。
 伝統ある白土会展、会期は迫ってきましたが、是非お見逃しなく、御清鑑ください。
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斉藤利雄「ボニファシオ」
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by ChidoMuseum | 2014-07-24 18:50 | 展覧会 | Comments(0)

ギャラリートーク 国宝太刀信房作と国宝太刀真光展によせて

 7月12日午後2時から、当館本間豊学芸部長
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菅原義勝学芸員によるギャラリートークをおこないました。
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先週7月5日の1回目に続き、2回目のギャラリートークを開催。
 国宝太刀銘信房作、国宝太刀銘真光、重要文化財短刀銘吉光、太刀銘長光、太刀銘袖の雪、槍銘三条吉広、県指定正保庄内絵図、長篠合戦絵図、重要文化財「潮音堂」、重要美術品徂徠先生答問書、西郷隆盛書「敬天愛人」など 見どころ 満々載 展覧会の当館の デステネーションキャンペーン記念の特別展
ギャラリートーク、時代背景をふくめ熱い二人のお話しに、30名の方々はうなづきながら熱心に聴講していただきました。ありがとうございました。
この特別展も今月17日まで、残り展示期間わずかとなりました。
まだの方は、万障お繰り合わせ、是非ご覧いただきたいものとお願いします。
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by ChidoMuseum | 2014-07-12 16:51 | 博物館のとっておき | Comments(0)

国指定史跡田島弥平旧宅

 7月6日、群馬県伊勢崎市にある世界遺産「富岡製糸と絹産業遺産群」国指定史跡田島弥平旧宅にいきました。伊勢崎から東武伊勢崎線島村そして車で田島旧宅へ、ちょうど利根川をはさんで群馬県と埼玉県の境が島村、利根川の島村渡船は市道の一部として伊勢崎市が運行しています。
 「田島弥平旧宅や島村養蚕農家群は個人住宅で現在居住されています。見学は田島家は庭まで、養蚕農家群は敷地内への立ち入りはご遠慮ください。」とのこと。しかし、さすが世界遺産、田島弥平旧宅案内所がありそこで史跡に関するパネル展示等をしており、交通にさほど便利ではないけれど、見学者は次から次へときております。
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 さて、鶴岡市松ヶ岡開墾場の蚕室は、明治8年から10年にかけて、島村の蚕室を模しその倍の大きさにして10棟建てられ、現在5棟現存活用公開しております。
 明治7年当時日本一といわれ宮中養蚕御奉仕者としても知られた島村の田島弥平、武平家に、17名を松ヶ岡から派遣、田島家から昼夜をいとわず親身になってご指導(「蚕の友」榊原十兵衛著)いただき、70日余りかけて養蚕技術を習得しました。また養蚕器具は、高木市五郎・さと夫妻が来場(田島武平家文書)して制作技術を指導、当方の職人がその技術を習得したといわれています。
 田島弥平家を外観だけ見学、東門の両側にあった蚕室の跡が残っており、その説明パネルには下記の通りありました。
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 「明治5年(1872)以降8年までの間に建てられた2階建蚕室で、大きなやぐらがついていることから、3階建の楼閣と見誤るほどです。2階建て瓦葺き寄せ棟造りで総やぐらの蚕室は、国史跡松ヶ岡開墾場(山形県鶴岡市)の蚕室に踏襲されています。主屋と新蚕室の2階は、主屋2階東側に残る渡り廊下でつながっていました。昭和27年解体され、基壇の石組みだけが残されています。」
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とあって松ヶ岡開墾場の蚕室群の写真も紹介されていました。
世界遺産登録「富岡製糸と絹産業遺産群」&国指定史跡田島弥平旧宅おめでとうございます。
世界遺産続編?松ヶ岡開墾場蚕室にご光来をお待ちいたしております。
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by ChidoMuseum | 2014-07-08 16:37 | あれこれメディア情報 | Comments(0)

第12回藩校サミット イン 行田

 行田といえば、足袋の産地、古代蓮のみられる所、忍(おし)城-映画「のぼうの城」でよく知られています。
天下統一目前の豊臣秀吉は唯一残された敵北条勢を圧倒的軍勢で攻めようとしていました。そんな中忍城では、「北条にも豊臣にもつかず、皆で今までと同じようにくらせないかな」と呑気なことを言って皆を唖然とさせる、その不思議な人柄から領民たちから「のぼう様」(でくのぼうの意)とよばれる成田長親が治めていました。秀吉臣下の石田三成が戦国時代末期天正18年、2万の兵で忍城に迫り、やむなく降伏を覚悟した忍軍、多勢に無勢となめきった三成軍の態度に、長親は「戦いまする」と思いもよらない言葉を発し、誰の目にも絶対不利な500対2万の戦いがはじまりました。三成軍は約28キロにわたる堤を築き、利根川と荒川の水を引き入れる水攻めを決行、文明11年築城とされる忍城は、この猛攻にも沈まず、北条方に組した忍城は、北条方で唯一最後まで粘り残った城となりました。水に浮かぶその姿から「忍の浮城」と呼ばれるようになりました。後に徳川家康の孫を家祖とする奥平松平氏が桑名から忍藩に転封になり、明治4年の廃藩置県まで5代にわたり忍藩を治めました。
 7月5日第12回藩校サミットが旧忍藩16代当主松平忠昌実行委員長のもと、49藩藩校関係者が集い、埼玉県行田市、行田市産業文化会館でおこなわれました。第一部は研修会「国語教育の柱ー漢字、古典、短文つくり」と題して大阪大学加地伸行名誉教授が講演、第2部が大会式典、松平実行委員長、上田清司埼玉県知事、工藤正司行田市長、漢字文化振興会石川忠久会長のご挨拶、各藩旧藩主藩校代表者が壇上で紹介、代表して徳川ご宗家徳川恒孝さまがご挨拶されました。
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記念講演「江戸後期の忍藩と明治への移行」と題して、修猷館卒の講談師神田紅さんがユーモアをまじえながらの講談、
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地元の子供たち約100名が漢詩と論語を迫真の暗誦素読、閉会行事として次期開催地福岡市修猷館同窓会に引き渡しのセレモニーが行われて盛会裡に終了しました。忍藩子ども塾・市立埼玉小合同素読は、木鐸で始業合図があり、「春暁」孟浩然「春望」杜甫など漢詩9偏、論語抄など暗誦素読は、圧巻でした。
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by ChidoMuseum | 2014-07-06 17:06 | あれこれメディア情報 | Comments(0)