致道ブログ

chido1950.exblog.jp
ブログトップ

<   2016年 02月 ( 6 )   > この月の画像一覧

「鶴岡ひな物語」展準備進む、「しるけっちぁーの」3月3日開店に変更

3月1日からの「鶴岡ひな物語」展の準備が進んでいます。当館の「鶴岡ひな物語」展は毎年変化があります。
北国の待ちに待った心躍る春一番の行事をごゆっくりお楽しみください。
「しるけっちぁーの」は開店が3月3日からに変更になりました。
当初通知より諸事情により遅れましたことお詫びします。
ひな御膳(限定メニュー)など新メニューを加えてお待ち申しあげております。
よろしくお願いします。
f0168873_23423026.jpg
[PR]
by ChidoMuseum | 2016-02-27 17:43 | 博物館のとっておき | Comments(0)

「歴史の扉」展 2月26日から3月30日まで  


 「歴史の扉」展を2月26日より3月30日まで開催いたします。
その中に藩士知行高ならびに姓名竹札があります。
f0168873_22340536.jpg



それらは第9代酒井忠徳直筆の竹札とつたえられています。
「存耳禄」には、酒井忠徳は、常に慰みに、竹を削り、幅5、6分、長さ4寸ばかりの小札をいくつとなく作り置かれて、表には藩士の姓名を、裏には何年何月何日申付と書して」と記録があります(下記写真)。藩校致道館創設して文武両道の忠徳公、藩士全員を理解しようとしたもの?

f0168873_22354726.jpg



(存耳禄より)公 常々御慰みに幅6 7分に長4寸計(ばか)りの竹を奇麗に削り藩士の姓名を御自ら書せ玉(たま)い 何年何月何日何役申付くるとして夫(それ)を禄の卑き箱に双置玉えるを其此御床の間に置かれしと云う 廃藩の此迄御数奇屋に残り有りしとぞ


参勤交代について

藩主は参勤交代の制度によって毎年領国と江戸を往復しなければなりませんでした。庄内藩は上りや下りには、10~15日を要し、参勤のルートは鶴ヶ岡城を出発し、清川から船で清水に上陸、その後羽州街道、七ヶ宿街道を通って桑折から奥州街道で江戸まで上り、約120里(480キロメートル)の道程を進みました。参勤のルート変更は幕府の許可を得る必要があり、基本的には同じルートをとりましたが、正徳7年(1713)~宝暦4年(1752)の間は尾花沢ではなく、大石田を通る時期もありました。その様子がわかる江戸道中絵図を展示しています。

f0168873_23430527.jpg
酒井の太鼓

三方ヶ原の戦いにおいて、遠州浜松城の留守居役 酒井忠次は、祝儀酒に大酔い、城門も故意に八文字に開け城内の士気旺盛を誇示しました。暮れ6つとなると坊主が常の如く太鼓櫓に上ったが敵の大群を見て戦慄、櫓より駆け下り、忠次が櫓に登り鼕鼕と太鼓を打ち鳴らします。それをみて敵将馬場美濃守信春は城中に策略あらんと察して囲みを解いて退却しました。・・・・新歌舞伎18番の1つ。私も歌舞伎座で公演を見たことがあります。
(下写真「浜松城籠城の図」錦絵 忠次が櫓で太鼓を打っている図 当館蔵)

f0168873_18254272.jpg

「酒井の太鼓」歌舞伎18番

太鼓の話は酒井忠次の智勇にちなんで河竹黙阿弥の創作といわれています。
しかし夕刻退却戦の時、退却兵をうけいれるには、暗いので明かりが必要、太鼓で場所を知らせ、いつでも収容できるよう門は開けておくことはあったのではないか、全くの創作だけではないだろうともいわれています。三河後風土記によると、落ち着きを見せていたのは家康公のみ、忠次は八方に策をめぐらし甲州勢を追い払おうと奔走していたといわれ、諸説あります。


[児童の士気を高めた酒井の太鼓(静岡県磐田市見付学校)]
見付学校が新築落成した年、家康の窮地を救ったといわれる「酒井之太鼓」が、見付学校に寄贈されました。明治7(1874)年浜松の祭りを見物していた見付の花屋吉三郎らが、板屋町の屋台で使っている太鼓が浜松城の警鼓であったことを知り、板屋町から買い受けました。太鼓は吉三郎らがどこに置くかと協議していたとき、ちょうど見付学校が建築中であったことから当寺の見付の戸長・古澤修らと交渉して、翌年開校を記念してこの学校に置くことになりました。
太鼓は最上階に据え付けられ、児童の登校の合図と正午の時報として、また児童の士気を高めるために毎日打ち鳴らされ、見付の人たちの生活の音として親しまれていました。(看板資料より)
「伝酒井の太鼓」は、平成17年11月21日静岡県磐田市の有形文化財の指定をうけました。

f0168873_18291581.jpg

当館では「伝酒井の太鼓」の展示はしておりませんが、ご参考まで。








[PR]
by ChidoMuseum | 2016-02-25 22:59 | 博物館のとっておき | Comments(0)

庄内藩主酒井忠徳にあてた堂上派歌人たちの書状その他

⒉月⒛日新潟大学 錦 仁名誉教授が来館され、調査いただいている酒井忠徳公の詠歌について解説集をいただきました。
忠徳は⒛代の後半、宮部義正(高崎藩重臣・晩年徳川将軍和歌指南役)から詠歌の手ほどきを受け、その縁で烏丸光胤・冷泉為泰を紹介され同時に入門しました。忠徳の奥方脩姫(松平定信の妹)、側近の吉野丈義も入門しました。和歌の秘伝書を伝授してもらうことを目標に先生の教えを守って稽古に励み、秘伝書を授かったら決して漏らさないと誓いをたてて入門するのです。
 まもなく光胤は病没、その前に忠徳は日野資枝(ひのすけき)に手紙で入門を申し込み、詠歌に励み、「詠歌一体」など伝授をうけ、京都で資枝に面会口授によって伝授は完了しました。これらの資料から烏丸(からすま)家・冷泉(れいぜい)家・日野(ひの)家の詠歌指導の違い、伝授に対する誓状の違い、光胤・為泰・資枝の人間性の違いなどがくっきりわかります。烏丸光栄は桜町天皇に和歌の指導をした歌人でその末子の資枝は日野家に養子にはいり、日野家の跡を継ぎましたが、5人の男子がいた烏丸家は跡を継ぐ人がなく、中御門光胤が養子となって跡をつぎました。日野家は儒学の家柄で室町幕府と深い関係があり、従って資枝が跡を継ぐことによって貴族の文化と武家の文化を継承する和歌の家として存続していきます。
 当時の朝廷歌壇の状況が資枝から送られた多量の歌会資料によってわかるのも興味深いことです。忠徳と資枝の関係はうるわしく心が洗われます。月に3度歌を送ってよいかという忠徳に、資枝は何度でもいいから送ってくださいと語りかけ、私の歌もお送りしますから遠慮なく批判を書いて送り返してください、お互い批判しあうと歌の稽古がともにすすみますと資枝は述べております。大名歌人忠徳・堂上派歌人の一人ひとりを解明する貴重な資料ですが、万葉集・古今集から続く和歌の伝統、古今伝授以降、江戸時代に確立した天皇を頂点とする和歌の普及と指導体制などを解明するための貴重な資料群であると思います。秘伝書、歌学、歌論書、添削文書など月山・鳥海山のごとき雄大な資料群です。
錦先生からは以上の概要をうかがいました。「大量の資料を目にした時から、すでに2年半経過した。驚くことに故酒井忠治氏(当館理事)がすべてを翻字していた、その資料と原文を比べて解読し、解説を加え、パソコンに打ち込む作業をしてきたが、体力の限界に達した。ここで一旦打ち切る。」という一文が経過にあるように大変ご苦労されての研究に心から感謝申し上げます。
加えて膨大で貴重な忠徳公の江戸俳諧資料もあります。それらの調査研究にはまだまだ時間がかかりますが、歌と俳諧、書簡や当時の資料の解明に期待したいと思います。

f0168873_01092113.jpg


[PR]
by ChidoMuseum | 2016-02-20 19:01 | 博物館のとっておき | Comments(0)

再掲......地名など


 致道博物館の友の会(年間パス券です)の入会とお願いに、2月3月はお願いした世話人はじめ職員が走り回ります。
 友の会会員券があれば致道博物館、松ヶ岡開墾記念館はじめ松ヶ岡関連施設、藩校致道館(無料)など会員券提示だけで年間何十回でもご見学いただけますし、会員の特典もあり、ポイント制も設けました。
全国各地に友の会の会員がいてくださり、見に来ていただいくと私たちも心強く励まされます。平成28年度の友の会会員を募集しております。どうぞよろしくお願いします。
 そのため庄内各地を車で走り回っていますと、地名のおもしろさに目がいきます。
鶴岡市には、
f0168873_056413.jpg

 鶴岡市の西工業団地の近く、日本国という地名があります。上の写真は秋山鉄工さんの工場にかかれた住所「鶴岡市日本国」。日本国山形県鶴岡市大宝寺日本国になりますね。
また同じく日本国という山が新潟県村上市と山形県鶴岡市との境にあります。別名を石鉢山(いまくさやま)とも呼ばれるそうです。その名の珍しさ?からか多くの人が登山に訪れるそうです。
「山開きは、標高の数字(555.4m)にちなみ5月5日である。山頂には約30年前から「日本国征服」の横断幕を掲げていた。2013年(平成25年)の山開きには登頂者に記念として「日本国征服証明書」を発行する予定であったが、「征服」は不適切な表現とする抗議が約45件寄せられ「日本国登頂証明書」と変更した。」(ウイキペデア より)

先端研、かたや末端研。
f0168873_00594985.jpg
慶応義塾大学先端生命科学研究所は、2001年4月、鶴岡タウンキャンパス(山形県鶴岡市)に設置された本格的なバイオの研究所で、最先端のバイオテクノロジーを用いて生体や微生物の細胞活動を網羅的に計測・分析し、コンピュータで解析・シミュレーションして医療や食品発酵などの分野に応用しています。先端生命科学研究所はこのようにITを駆使した「統合システムバイオロジー」という新しい生命科学のパイオニアとして、世界中から注目されており、HMT、スパイバーなど企業化され活躍しております。
f0168873_01002537.jpg
秋山鉄工株式会社『日本国末端技術研究所』、この工場で活動するのは地元の小学生たち、「鶴岡少年少女発明クラブ」の面々です。秋に開催される『全国少年少女チャレンジ創造コンテスト(通称:チャレコン)』にむかって新しい活動の場を得て、今後ますます発明に磨きがかかり、念願の全国大会出場を成し遂げることを期待します。



鶴岡市藤島には、「無音」という地名があります。
「よばらず」と読み、よぶは招く、招待することで、「よばらず」は隣村との境を隔てて交際しないこと。「無音」は「むおん」、音をたてないことではなくて、「ぶいん」とも読み、やはり交際しないことを意味し、昔、羽黒山領で、他村と分け隔てがあったからだろうといわれているようです。

f0168873_057324.jpg

羽黒山の麓には、「手向」という地名があり、「とうげ」と読みます。羽黒山や月山を遙拝(ようはい)する(手向(たむ)ける)ことに由来する地名。
文下(ほうだし)。七五三掛(しめかけ)。葈畑(からむしばたけ)。矢馳(やばせ)。楪(ゆずりは)。我老林(がろうばやし)。温海(あつみ)。由良(ゆら)。
鼠ヶ関(ねずがせき)。
庄内町には、
廿六木(とどろき)。主殿新田(とのもしんでん)。余目(あまるめ)。腹巻(はらまき)。
酒田市には、
生石(おいし)。鵜渡川原(うどがわら)。こあら(旧・古荒新田)。局局(つぼねつぼね)。遊摺部(ゆするべ)。
東風当田(だしあてだ)。注連石(すみいし)。
遊佐町には、
遊佐(ゆざ)。吹浦(ふくら)。女鹿(めが)。直世(すぐせ)。落伏(おちふし)。舞台(ぶだい)。
(追)平成25年5月5日
5月5日付山形新聞に日本国の登頂証明について記事が掲載されました。
新潟県村上市と鶴岡市にまたがる「日本国」(555m)を登った人に、新潟県などが「日本国征服証明書」の発行を企画したところ、抗議が殺到したため、「日本国登頂証明書」に名称変更した。新潟県によると5日の山開きにあわせて発行予定だったが、「征服」という表現が不適当との抗議が寄せられた。新しい名称の証明書は予定通り5日から受け付け、地元住民団体が1通500円で発行する。
出羽三山、羽黒山では、二の坂茶屋で登山者名簿を記入すると登頂証明書を発行、証明者は鶴岡市長さんです。
下記にアクセスすると、庄内地方の地名のいわれや歴史を調べるときに便利です。
大沼浩「荘内地名辞典」

中西正和「歴史年表」(鶴岡市出身・慶応大学教授)<
[PR]
by ChidoMuseum | 2016-02-16 18:43 | 友の会 | Comments(0)

イタリア食科学大学の学生さんが来館

イタリア北部ブラ市にあるイタリア食科学大学の学生ら18人が10日から、鶴岡市を訪れています。今日は、13時30分に致道博物館を訪れ、館長の説明とお茶を体験、そして館内を見学しました。お茶では、正座してお茶をいただく作法に挑戦、大変おいしいという評価をいただきました。イタリアの大学とはいえ、学生さんの国籍は世界各国からから入学。市が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の食文化部門に認定されたことなどが交流のきっかけ。 一行は、大学の研修旅行で今月7〜18日に東京と山形、大分の3都県で食文化について交流する予定。鶴岡市には16日まで滞在し、市内の農家民宿や海辺、出羽三山神社斎館などに宿泊し、精進料理や仕込み期の蔵元、そして13日は、赤かぶの収穫や大山の新酒祭りに参加するということでした。庄内の冬の食を大いに楽しんで研修していただきたいと思います。
f0168873_1393478.jpg

[PR]
by ChidoMuseum | 2016-02-12 17:15 | 博物館のとっておき | Comments(0)

荘内藩しるけっちぁーのお休みのお知らせ

お客様へお知らせ

日頃から「荘内藩しるけっちぁーの」をご利用いただきまして誠にありがとうございます。
心から感謝申し上げます。
当店も間もなくオープンして1年を迎えようとしています。
今後ますます皆様に喜んでいただけるように、誠に申し訳ございませんが、
2月9日午後(火)~2月29日(月)まで施設メンテナンスと研修のためにお休みさせていただきます。(9日昼まで営業)
3月1日からのひな祭りには、バージョンアップした しるけっちぁーの  で
食の都を楽しんでいただけるように
スタッフ一同心よりお待ちいたしております。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
 平成28年2月 荘内藩しるけっちぁーの 店主

以上お知らせがありましたので、よろしくお願い申し上げます。
[PR]
by ChidoMuseum | 2016-02-01 11:06 | あれこれメディア情報 | Comments(0)