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致道ブログ

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鶴岡の瓦人形

松ヶ岡開墾記念館に日本の土人形等コレクションが展示されている。その數は25000点を超える。大丸百貨店東京店長はじめ東急百貨店社長等を歴任した松ヶ岡開墾士末裔の田中正佐氏のコレクションである。その中に地元の瓦人形等もふくまれている。
昭和8年発行荘内春秋に郷土の技芸と題して掲載をご紹介する。
昭和8 年11月26日発行荘内春秋第10号に掲載、郷土の技芸、古来伝統の鶴岡特産瓦人形、根木橋尾形氏の華燭」と題して次の掲載記事が載っている。
 古来鶴岡の特産として瓦人形と称せられる郷土色濃厚な素焼きの土人形がある。それも鶴岡の東端れ紙漉町根木橋の尾形氏唯一一軒の一家相伝の家職となっている所に、異なる点がある。
 何時頃の時代から制作されたものか伝える記録もなければ、明瞭を欠いているが、今回家に伝来して○型に使用されているものには嘉永年間のものが大部分であるが、それ以前のもので年代の判明せぬものも相当保存されているという。
 酒井家のお抱え瓦師
 人形の種類は、金時、金時と熊、山うば、天神、福禄寿、お多福、三番叟、娘、狛犬等々40余種を数えるが、同家は古来藩主酒井候の瓦師としてお抱え職人で扶持を給せられていた程で、当主尾形喜一郎氏の祖父で戊辰の役で戦死を遂げた喜惣治氏は今伝わる嘉永年代の焼型を制作したもので、その技術の精巧且つは工芸一切に妙を得たもので、人形はその求技に過ぎず各種の瓦製品を藩主の御用命に応じて製伴したものであるという。
ひなの節句の民衆化が起因
 当時士族や一部階級の町衆では、江戸や京都から高貴な雛人形を求め来たって上巳の節句に飾ったが、一般町家や百姓はなかなかできないことでなので、3月の節句を民衆的に一般家庭で行うという趣旨から極めて安価で素焼き人形が制作されたものであろう。毎年同家の冬期間の職業として制作され3月の節句前に売り出されたものであって、それ故に鶴岡地方の細民階級で女の児をもうけての初節句に際して、せめて瓦人形と紙雛でも飾ってはとは、よくいいなされた詞で貧乏人家庭の簡素な3月節句を祝う慣用語とされたものである。それだけにひろく地方に需要の多かったもので、今から20年前の先代の喜長氏の時代が最も隆昌を極めたものとされている。その後14,5年以前から酒田人形なるものが製出され、格段の安値で市場に出現したので、鶴岡古来の瓦人形は大○迫を受けるに至ったが、酒田人形は油絵の具かの濃厚な色彩をほどこした低級単調の極めて芸術味の乏しいものである所から近時漸く景をひそめるようになって、郷土色豊かな鶴岡の瓦人形が今では全国的に趣味玩具として愛好される傾向をたどっている。
素朴な芸術味 各地で愛好
原土は東田川郡馬渡村の馬渡方面のものを使用しているが、従来染料をにかわで使っているので、少しく暖気になるとにかわの腐敗関係で必ず冬季間のみの職業とされていたものだが、近年鶴岡工業学校の小貫博堂教諭の教示で温暖季節でも自由に染料を使用する方法ができたので随時に仕上げ方もやれるようになって製作上の至大なる利便となった。1昨年末鶴岡郷土玩具研究会から、東京その他のデパートや各種展覧会品評会等にも多数出陳して非常なる好評と歓迎をうけているところで在り、極めて無技巧な単純な形態のなかに雅趣と素朴な芸術味を含んだ郷土色豊かな郷土玩具として研究愛好家の間に愛頑された所である。

by ChidoMuseum | 2019-04-29 17:02 | 展覧会 | Comments(0)