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致道ブログ

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懐かしの写真2 昭和15年

 昭和15年の懐かしの写真です。アルバムに新築工事写真集・昭和15年とあり当館酒井名誉館長の花押がありました。
 塀の前は畑、そして酒井忠明名誉館長の住まい(その23年後の昭和38年~39年に北よりに引越し、その土地を当館に寄贈、そこに重文旧西田川郡役所移築された)建築するための基礎石場突き(石場がち、ヤグラドウツキ(櫓胴搗き))の光景、塀のかげの道路はみえないが、その向こうに、結構広くみえる百間堀があり、その奥に建物群が羽前織物会社(今は山形新聞社鶴岡支社や滝沢眼科医院あたり)です。百間壕のあったところは、野球場、陸上競技場グランドなど活用の変遷を経て、今は一部壕を復元し、東北公益文科大学大学院、慶応義塾先端生命科学研究所、鶴岡アートフォーラム、鶴岡スイミングプールなどになっています。
 今、塀の前の畑は現在、致道博物館の駐車場となっており、そして家をたてようと基礎をつくっているところが、致道博物館の重要文化財旧西田川郡役所の前あたりになります。
当時の工事状況と光景がうかがえます。


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下の写真が昭和35年頃の写真で、左が昭和15年に建てられた建物、上の写真と反対側の塀側から北に向けて撮っている。
手前が畑地、現在致道博物館の駐車場。右側に酒井忠良当主が手入れしていたバラ園(公開していた)
のところに当館の重文旧西田川郡役所になっています。

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下は酒井氏バラ園、左が作業服姿の酒井忠良当主、中央が白い髭の内科医高橋繁吉先生

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現在、そのバラは、主に鶴岡市あつみ温泉バラ園に継承されています。
あつみ温泉バラ園は6月始めから見頃、見応えがあります。






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熊野神社の境内には、昭和36年10月秋田で開催の国民体育大会開会式に天皇皇后両陛下行幸啓の際、
10月6日あつみ温泉橘屋旅館にご一泊、温海嶽の美しさを、御覧なられた時の御製
「雨けむる 緑の山は 静かにて 庭の山かと 思いけるかも」
を第17代徳川宗家当主徳川家正氏が謹書され昭和37年12月建立された御製記念碑があります。

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徳川宗家第17代徳川家正氏書 署名

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下写真、右が徳川家正徳川宗家ご当主、左が酒井忠良当主、鼠ヶ関にて
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 夭折した四谷正宗と称された名人の師、源清麿、大勢弟子がいるなかで一人淸人が、遺族の世話をし、師の負債(刀債)を完済したことは、江戸美談のひとつに数えられました。
幕末の刀工 藤原清人の刻字された銘の一節「師に似たる所2つあり、酒呑みと、銭なしと」を碑にしたものです。

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by ChidoMuseum | 2020-05-28 19:38 | Comments(0)