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紙鳶洞(しえんどう)コレクション「日本人形の美」2

祇鳶洞コレクション日本人形の美2
コレクションの内、山形の人形をご紹介します。
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立雛丸額   新海竹太郎作 明治時代後期     1面    38.3cm
 山形市出身の彫刻家・新海竹太郎の作品で、桜を描いた桐板にレリーフ状の木彫彩色の立雛が取り付けられています。「抱一上人模造之」と記されていることから、江戸後期の琳派の絵師・酒井抱一の作品に取材したものであり、アカデミックな近代彫刻を得意とした竹太郎の知られざる一面を示しています。なお、本額の裏面には、南画家の村上委山により「松芝延年」図が描かれています。

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寺沢人形 三番叟(さんばそう) 江戸時代末期   1体   15.5cm
 山形県米沢市の寺沢家で江戸後期から明治中期頃に作られたと推定される寺沢人形は、同地の相良人形と形態や彩色が類似しているため、長らく相良人形と混同されていましたが、昭和後期から平成時代の研究により、その差異が明らかとなりました。本品はかつて宮城県仙台市の堤人形の優品として知られ、日本民芸協会の月刊誌「民芸」の表紙を飾ったほどのものですが、のちに寺沢人形の逸品と判明しました。郷土人形の美術的な価値を広く紹介した研究家・俵 有作の旧蔵品です。

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寺沢人形 蛸と熊   江戸時代末期  1体  11.0cm
 現在作られている相良人形のなかに「猫に蛸」と称するものがあり、ユニークな人気を集めています。これを8代目の現作者は「多幸」と「ネズミ除けの猫」を組み合わせたものとされているようですが、江戸時代に作られた同形の寺沢人形を見る限りでは、猫でなく熊のように思われます。江戸から昭和初期にかけての同形の相良人形をいまだに確認しておりませんが、元来、熊であったとすれば、あるいは土人形に多い熊金(熊と金太郎)のパロデイともかんがえられるのではないでしょうか。
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相良人形 道行  江戸時代後期   1体  16.0cm
 相良人形は、山形県米沢市の相良家で江戸後期から作り続けられている土人形です。米沢藩士の相良清左衛門厚忠が、藩主・上杉鷹山の産業奨励策に従い創始したもので、以来、同家の副業として継承されてきました。本品は初代厚忠か2代直厚の作品と思われ、武家の作らしい品格ただよう端正な美しさが魅力です。また、大正末期に「郷土玩具」ということばを初めて使用したとされる京都の著名な愛好家・田中緑紅の旧蔵品であり、相良人形の古作が早くから評価されていたことを示す優品です。道行姿の娘は「仮名手本忠臣蔵」の小浪を表したものでしょう。
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古鶴岡人形  花魁   江戸時代末期   1体   11.1cm                  
 山形県鶴岡市では「瓦人形」と呼ばれる土人形が江戸時代より作られていましたが、それとは別に、江戸後期から明治中期頃まで、木型を使用した、焼成しない小型の土人形も存在し、瓦人形とは区別するために「古鶴岡人形」と呼んでいます。非常にもろいため、現存するものは決して多くありませんが、特に天然植物染料を用いたものは味わい深く、愛好家の間で珍重されています。


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相良人形 大将   江戸時代末期  1体    
 甲冑をまとった大将は、衣装人形でも土人形でも、5月人形の代表的なモチーフでした。陣中でどっしりと構えた姿を真っ正面から、てらいなく表現すればするほど、類型的なものとなりますが、そうした定型化こそ、これを作る者、売る者にとっても、ひいては贈られる者にとっても間違いのない安心感が得られる工夫であったのでしょう。庶民の好みの反映である郷土人形において、商品価値は特に大切だったに違いありません。それでも、同じ大将人形でありながら産地によって、あるいは制作年代や作者によって異なる個性をみせるのが、郷土人形の楽しさです。





by ChidoMuseum | 2021-04-26 00:27 | Comments(0)