致道ブログ

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平成30年度古典素読教室閉校式

8月4日午前6時30分当館旧警察署ホールで平成30年度古典素読教室閉校式を行いました。
鶴岡市中央公民館、致道館文化振興会議、致道博物館の主催で、5月19日開講式から始まって、7月28日から8月4日までは朝5時40分からの早朝素読と計15回の教室がおこなわれました。主催者それぞれ挨拶をおこない、受講生12名、講師6名がそれぞれに声を出しておおきな聲で読むことの感想を話しました。来年も開催しますのでよろしくお願いします。

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# by ChidoMuseum | 2018-08-04 12:59 | Comments(0)

藩校致道館 夏休み 自由研究サポート

今年は近年になく熱い日々が続いております。
暑中お見舞い申し上げます。
夏休みの自由研究をサポートします。

江戸時代の学校致道館を調べよう?
藩校致道館はどんな学校だったのか?
どんな勉強をしたのか?
どんな生活だったのか?
などなどを調べて、夏休みの研究としてまとめます。
8月5日午前9時30分集合
    午後12時まで
場所 藩校致道館
対象 小学校5.6年生・親子での参加歓迎します。
費用 無料
お問い合わせ  藩校致道館 23-4672

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# by ChidoMuseum | 2018-08-02 18:17 | 講座・教室 | Comments(0)

明治維新150年 西郷隆盛と庄内


平成30年、明治維新から150年を迎え、各地でもいろいろな展覧会等が行われています。当館では、明治維新150年記念して「西郷隆盛と庄内」が今日から9月5日まで」明治維新150年西郷隆盛と庄内展を開催します。また姉妹館連繋事業として致道博物館と本間美術館「激動の時代 西郷隆盛と志士たち」展9月25日まで、本間家旧本邸「戊辰戦争で使われた品々ー戊辰資料」展9月上旬まで、三館参観券を500枚(1,700円)限定で発行しております。ご利用ください。
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荘内藩は、譜代として江戸取締、また会津は親藩として京都守護にあたました。「夢痕録」(矢島正弘著)に荘内藩士が巡回して江戸市中廻りの様子があります。お巡りさんと言う言葉もここから発したと言う説があるくらい職務を忠実に行っていました。(これは以前にコピーをとったもので今はこの夢痕録所在不明になっています。お心当たりありましたらお知らせください。) 戊辰戦争では、そのことが理由となって、将軍が降伏して恭順の意を示し戦いを避けようとしているのに敵視され戦わざるをえなくなります。
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戊辰戦争から明治維新、近代国家として急速な変化をとげます。
秋田からの宣戦布告の書状写し。庄内藩は秋田藩を通じて戦いを避けようと交渉していましたが、
うまく行かず、秋田から、これ以上は朝旨にそむくことになるから庄内と戦わざるをえないという宣戦布告をします、
それに対し庄内藩は今までの斡旋を謝し、弓矢の礼を以て答える旨の書状をだします。(写し)
明治4年酒井忠篤ほか70名が鹿児島に行き3ヶ月、西郷隆盛から教えを受ける。南洲翁遺訓の基となった。
同行した藩士たちが泊まった宿舎の場所を佐藤是知(楽隊組)が描いた鳥瞰図で庄内屋敷と図上で表記されて紹介されている。
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戊辰戦争絵巻1巻、北斗七星の隊旗などなど、その終結後会津、磐城への転封を申し渡書など当時を臨場感をもって感じられる資料です。
そして「敬天愛人」「幾歴」等西郷隆盛の書、「気節凌霜天地知」「国辱濯」酒井忠篤公の書と菅実秀の書、
石川静正(レプリカ)と黒田清輝門下佐藤均が描いた西郷隆盛の肖像画。

南洲翁遺訓 序文

南洲翁遺訓一巻、区々(くく)たる小冊子と雖(いえど)も

今の時に当り、故大将の威容(いよう)の𠑊(げん)と、

声音(せいいん)の洪(こう)とを

観(み)るに足(た)る有るもの、

独(ひと)り此篇(このへん)の存するに頼(よ)る。

噫(ああ)、西郷兄(けい)、何を以て蚤(はや)く死せるか。

茲書(このしょ)を著(あらわ)す者は誰ぞ、

庄内賢士大夫某々(しょうないけんしたいふぼうぼう)
明治23年1月 副島種臣(そえじまたねおみ)
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南洲翁遺訓序文の副島種臣の初版と2版の序文、南洲翁遺訓を配布した配布先覚え書き、
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上写真:南洲翁遺訓編纂、副島種臣が明快簡潔名文の序文を寄せ、庄内藩士2人1組で全国を廻り手渡しで配布した。上記写真は高知県の配布先覚え。

上野の西郷銅像の趣意書、発起人には明治に活躍した錚々たる51名が名を連ねそのなかに酒井忠篤、酒井忠宝の名があります。
その委員には三矢藤太郎もくわわっていました。(下写真)
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樺山資紀が発起人酒井忠篤にあてた書状には、
 去る8月22日故西郷翁紀念銅像建設につき宮内省より金五百円下賜相成り候。
銅像建設の場所 皇城正門外に建設の事に許可相成り候処、
ご都合有り之取り消し相成り、従前の見込み通り上野公園地内に建設の事に許可相成り候有及ご通知候也。
    9月19日         故西郷隆盛紀念銅像建設委員長  樺山資紀

酒井忠篤殿

とあり、西郷銅像は趣意書では上野と明記、その後、皇居周辺に建てる事が許可なり、その後取り消され、最初の趣意書通り上野公園になったことのお知らせの書簡です。
明治22年の趣意書には馬上姿のはずが、兎狩り姿の銅像になったり、場所の検討やら、いろいろ議論があり、銅像が建つのは明治31年のことでした。

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上写真:樺山資紀から酒井忠篤宛お知らせの書簡 


又映像も会場でご覧いただけます。
明治を知るうえでも必見の資料ばかりです。
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「気節凌霜天地知」西郷隆盛から贈られた箴言。松ヶ岡開墾場の綱領に謳う。酒井忠篤書


# by ChidoMuseum | 2018-07-28 15:42 | 展覧会 | Comments(0)

もうすぐ夏休みー大寶館

大寶館では、8月4日から19日まで休まず開館しております。
夏休みを機会に楽しく鶴岡ゆかりの人物を知ってみようと思ったら是非大寶館へ御来館ください。
大寶館クイズラリー
ローズウインドウ
大宝館展示人物総選挙
館内見学ツアー
をおこないます。
ご来館をお待ちいたしております。
入館無料。
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# by ChidoMuseum | 2018-07-14 17:30 | Comments(0)

明治150年記念 重要文化財旧鶴岡警察署庁舎保存修理完成記念 第2部庄内近代化物語 挑戦者たち


 6月20日より7月25日まで 明治150年記念 重要文化財旧鶴岡警察署庁舎保存修理完成記念 第2部庄内近代化物語 挑戦者たちを開催いたします。
当館では重要文化財旧鶴岡警察署庁舎保存修理完成記念、そして明治150年記念といたしまして、明治の大変革、躍動の時代をふりかえってみます。
全国で大変革のあった時代、ここ庄内でも戊辰戦争で敗北、賊軍という苦境に立たされた旧庄内藩、そこからたくましく立ち上がり、先進的な取り組みに挑戦し、現代への礎を築いた先人達の軌跡を振り返ります。日本の近代化が進むとき、西洋文化を柔軟に学び、伝統的な技術や文化と融合させた庄内の人々が歩んだ道程の一端をご紹介いたします。旧庄内藩主家第16代酒井忠良伯爵(当館設立者)が着用した大礼服を初公開いたします。重要文化財旧鶴岡警察署にはこの庁舎に関連した資料および2階には近岡善次郎画伯の庄内の建築物の絵画を展示いたしております。その他当館施設あわせご覧頂きますようご案内申し上げます。
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明治9年(1876)創建、三島通庸県令によって進められた東北一の朝暘学校、後に焼失しましたが、当時の朝暘学校絵図(鶴岡市郷土資料館蔵)にあるようにその学舎も外壁は青でした。
東京銀座煉瓦街で国家規模の建築を指導した県官吏原口祐之(すけゆき・鹿児島県士族・井岡寺に原口の寿碑あり、土木部門実務者として三島とともにした)が建設指揮にあたりました。もちろん高橋兼吉も建設に従事しています。また朝暘学校碑が鶴岡市役所前にあり、朝暘学校碑は、標題を、戊辰戦争で東征大総督のち参謀総長などを歴任された有栖川宮ー熾仁親王(1835ー1895)、文を、幕末・明治期の歴史学者で薩摩出身で文部省修史局員東大教授・元老院議官の重野安繹(1827-1910)。書を幕末・明治の漢学者・書家、豊後出身、維新後は文部大丞・文部省学務局長・東宮侍書などを歴任し、漢詩・南画にもすぐれた長三洲(1833ー1895)名は炗(ひかる)。当時日本を代表する錚々たる先生たち。いかに明治政府の威光と新しい時代の到来を知らしめるために当時の最高レベルの人材を集め建設されたかうかがい知ることが出来ます。
井岡寺山門近くにある原口祐之の石碑(寿碑)
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# by ChidoMuseum | 2018-06-20 14:55 | 展覧会 | Comments(0)